尾をむ蛇


 「月くんは僕に本当の気持ちを打ち明けてくれないよね」と松田が云うのに月は辟易していた。
 松田は普通の男だ。普通に育ち普通にものを考えて普通に生きている。月も自分は普通であるつもりだったけれど、それは月が自分自身とその周囲の環境に慣れていたというだけのことで、実際のところ彼は全く普通などではないのだった。その点松田と云う男はいい意味でも悪い意味でも平凡な男だったから、月は松田に対して苛立ったかと思うと好意を抱くといったことを繰り返していた。
 ある日松田が例の台詞を口にした。きっかけは何だったか、二人が身体を重ねた後、シャワーを済ませた月が手早く身支度を整えるのを眺めながら何気なく話し掛けたあたりまで松田は覚えている。
 毎回必らず月を不愉快にしていたその言葉を何度か目に聞いた時、月はついかっとなった。しかし月が衝動を許せるはずがなかった。激昂しかけた気持ちは、平素から月が抑えつけるよう自分に教育した反射のためにすぐさま凍るように温度を下げた。冷え切った気持ちで月は薄く微笑んだ。
「……知りたいですか」
 そして松田が頷くか首を振るか、確認もせずに月は口を開いた。
「僕は本当は竜崎が好きなんですよ。好きと云っても子供みたいな好きではなくて、正直なところ彼とセックスしたいんです。思い切り欲望を顕わにして熱い息を吐きながら舌なめずりして見せたい。あいつが拒もうが嫌がろうがレイプするみたいに服を脱がせて、僕のものと一緒くたにして扱き上げてやったらどうするか、それが見てみたいんです。それで竜崎が僕の誘いに乗ったなら僕はあいつのあれをくわえ込んで腰を振りながら自分の首を締め上げてやります」
 月は実際のところ僅かに昂ってさえいるようだった。松田は黙って唇を震わせた。肉欲を見せつけられることはただ恋情を切々と訴えられるより松田の尊厳を酷く傷付けた。彼は月に対して男であるつもりだったから。
「僕の気持ちが知りたかったのでしょう」月は酷薄に冷笑した、「不愉快になりましたか?僕の首でも締めたそうな顔ですね。だが松田さんではきっと竜崎ほど思い切った締め方が出来ないような気がします。ああ、それとも試しに締めてみますか?」
 月は微笑んで松田を眺めた。松田は口を開こうとした。そしてそれから視線を落として力なく首を振った。それが彼に欠けているものなのだろうかと月は考えた。彼ではウロボロスの蛇になれない。
「また来週会いましょう。お詫びに次はもう少し僕を征服したような気分にさせて上げますから」
 彼が否と云えるはずはなかった。沈黙する松田に向かって白々しく微笑んで見せて、月はドアを閉じた。月は飢えていて、この飢餓を満たしてくれそうな人間を竜崎以外に知らない。今すぐこの喉を噛み切ってくれる人間が居たらいいのにと強く欲望しながら、月はそっと微笑む。


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