ティータイム


「ほら、できたよ?」
月がやってきた途端、甘い香りが部屋中に広がる。
ソファに座り、黙々と監視カメラの映像を映すテレビを見ていたLは、驚いたように立ち上がった。
「・・・。本当に作ってきたのですか?」
信じられないといった、あからさまな表情と口調に月が苦笑いを浮かべた。
「だから、作ってきたんじゃないか。実物を見せない限り、竜崎は信用してくれないからね」
月はテーブルの上に持ってきた皿を置く。
上には、ドライフルーツの散らばったパウンドケーキが均等に切り分けられ、並んでいる。
狐色にこんがりと焼け、ふわふわとした卵色のスポンジが甘い香りを放っている。
「まだ信じられないのか?」
まじまじと皿の上のケーキを見つめるLに、月は眉をひそめた。
「いいえ」
Lは小さく首を振り、一切れつまんで一口でほおばった。
焼きたてのケーキはあたたかく、柔らかい。
程よい甘さと素朴でも濃厚な手作りの味が口中を満たす。
「こら、誰も食べてもいいなんて言ってないだろ」
行儀の悪いLをしかりながらも月の表情は柔らかい。
「お茶、入れるから。もう少し我慢しろよ」
Lは仕方なくテーブル側のソファに座った。

事の発端は、何気ない会話からだ。
監視カメラの映像が映るテレビの画面を二人で睨むように眺めていた中で、通り過ぎた女性が手にしていたケーキの箱が月の目に入った。
月は、以前粧裕にねだられて買ったことのある有名ケーキ店の箱だと気付き、うっかり口にしてしまったのだ。
「この店のケーキはおいしいらしいよ」と。
その途端、Lの目が輝いたのを月は見逃さなかった。
余計なことを言ったと後悔してもあとの祭りである。
Lがポケットからいそいそと携帯電話を取り出し、電話をかけだした。
一体誰に頼もうというのか。
時刻はすでに営業時間外で、今日中にそのケーキ店のケーキは手に入るわけがない。
電話の相手も同じ事をLに説明しているようだった。
どんどんとLの肩ががっくりと落ちていく。
さすがに不憫に思った月が、再びうっかりと口を滑らせたのはその時だ。
「明日まで我慢しろよ。甘いものが食べたいだけなら僕が作ってもいいけど?」
俯いた首が勢いよく持ち上がる。
「月くんが何を作れるのですか?」
半分疑ったようなLの眼差しに月もかちんとした。
「僕が作れないとでも?」
「ええ、見たこと無いですから」
飄々と答えるLに「今から作ってきてやるから1時間待ってろ」と捨て台詞を残し、部屋を出た。
何もかも信じようとしないLの態度に腹を立てながら、月はキッチンのある部屋へと向かった。
なぜか、必要も無いと思われる小麦粉だのバターだの玉子だの、材料が一通り揃っていることに呆れ果てたのだ。
(誰が何のために・・・?)
深くは追求せずに、月は小麦粉を計りにかけた。
作り方を知っているのは、以前粧裕と一緒に作らされたパウンドケーキだった。

「それで、感想は?」
湯気の上がるティーカップをLの前に置いた月が得意そうに笑う。
「とても、おいしいです」
「それはよかった」
その無邪気な笑顔に、Lの動きが止まる。
「月くんにこんな特技があるとは知りませんでした」
率直な感想を伝え、Lはケーキを一切れ、頬張った。
皿の上のケーキはもうほとんどなくなっている。
言葉にせずともそれが全てを物語っていた。
「特技って、そんな大したものじゃないよ。簡単だからきっと竜崎も作れるはずだよ」
月は自分の分の紅茶を飲んだが、ケーキは食べなかった。
「いいえ」
Lは首を横に振り、ゆっくりと月に近付いた。
「これは、月くんにしか作れません」
ティーカップを置いた月の両手首を掴み、そのまま口付けた。
「・・・なんだよ」
それは、月から笑顔を奪う。
むっとした感情を露にする月にLは安堵する。
「おいしいケーキのお礼です」
「・・・竜崎は、本当はバカだろう?」
「失礼ですね」
口に残る甘さが月にも届けばいいと、Lは思った。
(これがどれ程の喜びか、気が付かなければいい)
伝わらない、伝えられない、想いを抱えたまま、Lは最後の一切れに手を伸ばした。
「おいしかったならそう言えばいいだけだろ」
目を逸らした月の頬が少し紅潮しているようにLには見えた。
「また作ってください」
「・・・気が向いたらね」
「はい。期待しています」

甘い香りはケーキがなくなってもしばらくの間、部屋を満たしていた。




月か光か』の香月さんに戴きました……と云うか寧ろ施しを恵んで貰いました(笑)。読みたい読みたいと我が侭な事を云っていたら甘やかして戴いてしまって、これ以上増長しないよう自分を諫めるのが大変です。
へこんだ時、自信が無い時に、香月さんの書かれるL月の優しい雰囲気にはとても励まされます。このほのぼのを支えにこれからも頑張りたいです。有難うございました!


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