家族の仮定 / カーテンコール 家族の仮定 (L月) 「子供ができたらいいな」 「……子供ですか」 交歓のあと月が妙に虚ろな表情で云い出したので、Lは彼がいよいよ狂ったのかと考えた。 「そうだよ、僕と竜崎の子供だ。きっとかしこくてうつくしい子供が生まれる」 月はベッドに寝転んだ状態で照明に両手を翳して眺めている。何も身につけずぼんやりと空想する彼はひどく幼く見えて、Lは改めてこの大人びた青年がまだ未成年であったことを思い出した。 「竜崎とは子供とかは出来ないんだな」 「ええ、ですがあなたには機会があるのでそう心配することもないでしょう」 「うん、」 気分を害してもおかしくはない発言だったが、月は素直に頷いた。 「……一度、女の子に云われたことがあるんだ。僕との子供が欲しいなって。半分は冗談みたいだったけど」 Lは黙って月の話を聞いている。他人の話題を振るのはピロートークとしてはあまり好まれたものではないが、月に他意がないことはよく解っている。明るい室内で、月の上気したままの頬は健康的にかがやいている。 「その時僕は、実のところ少しぞっとした。……確かにそんなことになったら僕には責任をとるつもりはあったけど、でもお互い未成年で保証も何もないのにそんなことは考えられなかった」 月がゆっくりと翳していた手をおろす。視線は遠いままに。 「今、少しだけ解った気がする。きっと僕とはものの捉えかたが違うから、理解したつもりでも間違ってるんだろうけど……」 「自分自身の家族を持つことへの希望、ですね」 「うん。友達とか恋人とか、そういうのじゃなくて、一緒に生活することかな。それに伴う責任とかそういうものが、相手との繋がりには欠かせないと感じるんじゃないかなと思う」 「まあ生物としては正しいですよ」 「ん」 月はキラではない。それは仮定ではなく確信に近かった。キラにこういった考え方は有り得ない。犯罪者の居ない世界をつくろうとする人間はこんなことを考えたりはしない。あれほどまでキラに肉薄しておきながら月がキラではありえないことを突き付けられるのはLの矜持をいたく傷つけたが、しかし現にLは事実を目のあたりにしている。 「竜崎」 月がLを見た。キラ容疑の深い溝をはさんで月の表情はごく穏やかだ。 「いつか、……いつか僕の容疑が晴れたら、少し一緒に生活してみないか」 月の云うそれが手錠で繋がれた今の生活とは別のものを指していることをLは理解した。 「……」 Lは無言のまま何のこたえも返さなかったが、月は小さく微笑んだ。Lは出来ない約束は決してしない。だが可能性を希望することは罪悪ではないと信じてみたかった。 カーテンコール (Lキラ) 「デスノート。これさえ取り上げてしまえばあなたにはもう何の力もない」 男は容赦も躊躇いも垣間見せずに月を見据える。 「そうなったあなたにはもう用はありません」 口を笑みの形に歪めて見せた、その眼は月にどんな感情の片鱗も掴ませることを許さない。月は声も出せずにただ唇をわななかせるばかりだった。 どうやって証拠を掴んだか?簡単なことですよ、あのレムと云う死神は夜神くんか弥のどちらかに肩入れしている。弥の処遇に関して反応があったことから見ておそらくそれは弥の方だ。13 日のルールが偽のルールだと仮定すればなお単純です、それは死神がキラの便宜をはかるために書き込んだ嘘だと云うこと、つまり好意の証拠なのですから。あとは死神に交渉すればいい。夜神くんか弥、どちらか片方のキラ容疑を裏付ける証拠を差し出せば、代わりに一人を無罪で開放すると約束したんです。弥のノートに憑いていたと云うレムは弥のために証拠を提示し証言しました。デスノート一冊につき死神が一人、それなら弥だけではなく夜神くんが持っていたはずのデスノートにも死神は憑いていたはずですが、しかしレムによればその死神は夜神くんの勝ち負けそのものには関心はないそうですね。なら構うことはない、どうせ人間を越えた存在ですから、死神の気まぐれまでは私にも把握出来ないしそれで殺されても気にはしません。結局のところ相手は一種の神ですからね。そうして私は私に出来ることを全てやりました。そう云って竜崎は微笑んだ。普段あまり感情を表さない竜崎の、それは紛うことない勝利宣言だった。 海砂は竜崎によって無罪と断定され開放された。捜査本部の面々は皆、月と海砂の無罪を信じていたため、疑う者は居なかった。自分たちの無罪を立証すること、それは目的の一つであったが、月はその目的のさらに裏をかかれたことになった。森に隠したノートも火口から回収したノートも竜崎の手に落ちた今となっては、月にキラとして犯罪者を裁きつづける手だてはなくなっている。もはや月はキラではなかった。 (……僕はどうすればいい) 裁きを再開したはずの海砂は再び記憶を失っていた。竜崎の勧めによってレムが海砂に嘘を伝えたのだ、月が海砂に所有権を手放すよう指示したのだと。竜崎は海砂のデスノートを人知れず回収した時点で宣言した、二人の無実と今後二度と容疑をかけることすらないことを。 「全てはこの死神、レムによって仕組まれたことだと判明しました。不特定多数の人間にノートを使わせ、その後ノートを取り上げることで彼らも死亡した。つまりこの死神が人間にノートを渡しさえしなければキラは現れません。そのためにレムとは今後一切こうした行為をおこなわないよう、私が個人的に取引をしました」 死神にも大切なものはあったということです、云って竜崎はひっそりと笑った。誰もが納得したように頷く中、月だけが唇を噛んで俯いていた。そうやってキラ事件は収束した。 (あれから……一年が経った) 月は大学に復帰し、父親も元通り警視庁に勤めている。キラの名が人々の口にのぼる回数は激減、犯罪率も含めて全ては以前あった姿を取り戻しつつあった。 自分がどうなるのか。いつ改めて逮捕されるのか、あるいは事故にでも見せかけて殺されでもするのか。そう考えては一睡も出来なかった夜もあった。多少なりとも温情をかけられているのだと考えたのは半年前のことで、しかし予想に反して竜崎が何らかの行動をとっている様子はなかった。Lの名も時折ニュースで触れられる程度で、今では父親すらLには関わっていないと聞いた。 あなたにもう用はありません。竜崎の言葉を何度も反芻する。あなたには、もう。 月は既に忘れられていた。そうとしか思えなかった。ただの学生。ただの、竜崎が関わってきた人間の一人。あれほど一緒に居たのに、お互いに殺すか殺されるかの緊張をはらんで探り合ったのに。竜崎は月に後を継がせることさえ提案したはずだった。 (竜崎) 月は呆然と男の名を心の中で呟く。竜崎。許された訳ではない。だが、裁かれた訳でもなかった。 (僕は……どうすればいいんだ) 全てを見失って月はうなだれる。罪を弾劾し人を裁くものなど、最初からどこにも存在してなどいなかった。 戻る |