色落つ世界 メロはニアと同じ擁護院で育ったにも関わらず、いまいちニアのことが理解出来なかった。メロにとってニアは常に自分の劣等感を刺激するものでしかなかったが、そういったこととは別に、メロにはニアの精神の動きがどうにも掴めなかった。そうしてそれは彼にとって非常に不思議なことだった。だからメロはよくニアを気にした。どうすれば彼の考えていることが解るようになるのだろうか、と何の他意もなく考えたりもするのだった。そして自分でも気付かないうちにそう考えていたことにメロは大抵自覚のないままだった。メロは遠まわしにニアに好意を寄せていた。自分では目を逸らしていたけれど。 ニアは時々擁護院の近くにある森に出掛けてゆく。普段大抵は院の中で手間の掛かる遊びをしているニアは潔癖そうな印象を抱えているので、彼のその行動は大いにメロの感心を惹いた。恐らく他の子供達がそれに気付いていたら、やはり興味を持ったことだろう。だがニアのそんな行動を知っているのはメロくらいのものだった。彼は毎回狙いすましたように誰もが彼を見ていない時にだけ外出する。 ニアが森へと出掛けると、彼はいつも木々や土の匂いをさせて帰ってくる。メロはニアが森で何をしているのか気にならないことはなかったが、自分がニアの行動を逐一追っていることを相手に知られるのは屈辱的に感じられたので、結局追及はしないまま知らない振りをするのだった。 ある日、ニアがいつものように院を抜け出した時、ちょうどメロは同じ院の子供達と遊んでいるところだった。メロはニアが居なくなっていることにしばらく気付かなかったし、だから彼がちょうどニアが森から戻るところにはちあわせたのも故意からのものではなかった。 「あ……」 どう反応すれば今までニアが森へ行っていたことを知らなかったような素振りが出来るのか、メロがしばし逡巡していると、ニアは黙って自分の手の中を覗きこんだ。 「院抜け出してどこ行ってたんだよ」 メロが取り敢えず当たり障りないように言葉を吐くと、ニアは両手をメロの方に少し差し出して見せた。思わず少年らしい好奇心に押されるまま不機嫌そうな顔をつくるのも忘れて覗き込むと、ニアの手の中には傷ついた小鳥が居た。 「どうしたんだよこれ。怪我してるじゃないか」 「まだ充分育ちきっていないようですから、巣から落ちたのだと思います」 云うニアの表情は特に動かなかった。小鳥がニアの掌の中で小さく震えた。とてもちいさい。きっと心臓もちいさいんだろう、とメロは思った。 「……こいつ、連れて帰るのか?」 メロが何となくこのまま捨てるには可哀想な気になって云うと、ニアが小さく頷いた。 「取り敢えず持ち帰り、怪我を治してある程度育つまで待ちます」 そうか、とメロはちょっと微笑んだ。はやく小鳥の怪我が治るといい。そうやって素直にちいさな生き物に好意を向けるのはきっと楽しいはずだ。ニアが小鳥の世話をするというのも意外だったので見てみたい気もしていた。 だが数日もすると拾ってきた小鳥の世話はメロばかりがする羽目になっていた。ニアはあまりにも小鳥に対して無関心なのだ。最低限の世話はしないこともないのだが、それ以上手を掛けたりはしない。だから結局メロは文句を云いながらも細々とした面倒をみてやった。小鳥の怪我を治したのも充分巣立てるほどに育てたのもメロだった。 それでもメロは何だかニアの考えていることに少しでも近づけたような気がして少しだけ楽しい気分になっていた。 小鳥がすっかり元気になった頃、ニアがふと食事中にスプーンを弄りながら顔をメロの方に傾けた。よく磨き込まれた銀色のスプーンは艶やかに光を反射して、橙のきらめきをとろりと流した。 「あの小鳥。すっかり健康になりましたね」 「……そうだな」 それまでニアが小鳥について人の居る前で触れたことはなかったので、メロは軽く驚きながらぶっきらぼうに答えた。二人で共有していた秘密めいたものを皆の前で暴かれたようにも感じた。しかし周囲を見渡せば誰もメロとニアに気付いてもいなかった。メロはそれで少しは気を良くして好戦的に唇を歪めて笑って見せると、再び食事に取り掛かった。メロの隣の少年がこちらを向いたからだ。このことはやはり秘密にしておきたい。その方がずっと楽しい気がする。 メロはちょっとした優越感を抱いたまま食事を済ませた。どうやら今までよりは親しくなったように思えるものの、ニアがいつだって一番なのはやはり気に食わないので相変わらず勉強は怠らない。就寝前に小鳥の様子を丁寧に確かめてからシーツに潜り込んだ。 次の朝、メロが目を醒まして最初に覗きこんだ小鳥のための寝床にはやわらかな羽毛が数枚散らばっていた。 「……ニア、ニア!あの鳥どこいっ……」 メロが泣き出しそうなくらい動揺してニアの部屋に駆け込むと、机に向かっていたニアがくるりと振り返った。ニアの机の上で、小鳥のつぶらな目がこちらを見ていた。 内臓と血を綺麗に広げて。 「……え?……な、何だこれ……」 メロは息をすることも忘れて呆然と小鳥だったものを眺めた。思い出したように呼吸を再開するが、胸部にせり上がるような強い圧迫感を覚えて、息をするのも苦しい。メロは溺れながら酸素を求めて喘ぐようにしてニアと机の上に広げられた小鳥を交互に見た。 「こっこいつ、俺達が連れて帰ってきた奴だよな?……え、なんで?なんでここにいるんだ?あれ?なんで……」 ひゅっ、とメロが息をする度に細い咽喉が鳴った。ゆっくりとニアに近づきながら何度も小鳥とニアを見比べるけれど、どう見ても小鳥は動いていなかった。 メロの口許が引き攣ったまま少し吊り上がって、ちょうど歪んだ笑みの形になる。 「なんでこいつ……しんでるの」 ニアは表情も変えずにメロを見上げた。指先は髪をくるくると弄っている。メロは初めて目の前に居る少年に恐怖を覚えた。彼が恐ろしかった。彼がこれから自分に与えようとしている答が恐ろしかった。 ニアは一度ぱちりと瞬きをしてから、普段のままの退屈そうな表情で一言「解体しましたから」と云った。 「小動物の内部構造を実際に見たいと思いました。ちょうど適切な小動物を森で見つけたので解体用に持ち帰りましたが健康状態が悪い上に発育が足りないのでは解体しても参考になりません。ですから程よく回復するまで待ちました」 メロは最早息絶えそうに細い呼吸だけを繰り返していた。メロは全てに失望していた。小鳥を失ったことに、ニアに、そして自分の抱えていた甘ったるい勘違いに。 「……情が、うつったりは……しなかったのか……」 「いいえ」 迷いも無く首を振ったニアに、メロは深い絶望をこめた微笑みを見せて頷いた。メロは静かに踵を返してニアの部屋を出た。 徐々に濁りはじめてきた小鳥の目だけが虚ろに虚空を睨んでいた。 ちょっと勢いで書いてみました。鬼畜ニアと少年らしい純粋さを持ったメロ。 ニアメロと表記していますがカップリング要素はご覧の通りほぼ無いです。しかし彼らはこういうものをコンセプトとしてどんどん発展していってくれると信じています。 戻る |