うつわ ※月はメロに捕まっているけれどキラだとはバレていない。メロは月をデスノートに近い位置に居る人間の一人として認識しているから監禁拘束しているし、恐らく竜崎と接触があっただろうと考えているけれど、どちらかと云うと月を一般人だと思っている。そういう設定で。 夜神月は時々自分を忘れる。 自分と云うのはかれの抱えるアイデンティティだ。かれは幾つもの自分を内包していて、それらは一つ一つが幽霊のようにぼうっとかれの意識の中に浮かんでいる。一つが夜神月になっている時、のこったほかの意識たちはそれをじっと見つめている。月、キラ、かれにつけられた名前はこの二つきりだけれど、かれはもっと沢山のものを抱え込んでいるので、多くの名も無い残響のような意思がそれらをいつだって黙って取り巻いている。 夜神月が自分を忘れる時、かれはあらゆる属性のうちでただキラという役割だけを忘れる。かれはそれを自覚したことはない。だから忘れられている間、キラはかれに手出しをすることができない。 少年はかれに共感にちかいものを抱いている。それは共鳴と呼んだ方が近いような感情で、言葉にすれば不愉快になると知っている少年は黙って物理的に態度をしめす。同情とうすっぺらい理解を少年はにくんでいるのだが、かれがそれを厭わないことを少年は無意識に直観している。だから尚更少年は語らない。 少年は成長途中の細い指先を月のからだに這わせながらうわのそらでさまざまに意識をただよわせる。少年の脳裏には牛乳やパズルのピースや蛇革のベルトのぬめるひかりが浮かび上がっては蒸発してゆくのだけれど、手だけは慣れた作業を繰り返す機械工のように正確に動かされてゆく。月はそれをやはりうわのそらで、それでもすこしだけ不思議そうな表情をして見守る。ふたりの精神と肉体は取り返しがつかないほどにそれぞれ乖離して、どちらも性的な事柄について想像するどころか考えが及んだこともないというような気がしている。肉体は神経の反射と反応を健康におこなっている。 ふたつの身体をつなげる時になって少年がやっと月を見おろした。 「なあ、俺がこんなことしてるのに抵抗とかないの」 月は夢のなごりの中から少年にやわらかな視線を向ける。かれは少年を憎んでも愛してもいない。 「さあ」 そうしてかれはすこし首をかしげる。 「よくわからないな……」 月の中でまだキラは叫びださないので、かれはじっと少年のひたいにかかったやわらかそうな金の流れを見る。かすかに浮いた汗でこめかみのあたりに透けそうに細い髪がはりついている。 ふたりの身体は融け合うようにして馴染んでゆく。 「まえは竜崎のなまえをだしたら怒っただろ」 「そうだったかな」 「こうやって捕まって俺の好きにされるのだって嫌いなんだろ」 「どうだろう。僕にはわからないよ」 少年は興味深そうに月の瞳をのぞきこむ。かれがまばたきする度にその薄いまぶたがそっとかれの瞳を覆うようすが染み込んでいって少年の意識に触れる。 「僕はもうなにも感じないんだよ、メロ」 かれの微笑みは空虚でいてとてもやさしい。 「僕のなかでたくさんのものが死んでしまったから、僕はただそれを弔っているんだ……」 そして少年は唐突に自分がベッドに縫い止めている青年がとてもうつくしいものだと気づく。なぜ自分は今までそれを見ることができなかったのだろうか。かれはうつくしいぬけがらだ。 少年の視線のうつりかわりに気づかないまま、月はキラはどうしているのだろうと考える。キラと、それから竜崎は。きっと自分の抱える意識のどこかに竜崎は居るはずなのだけれど、それがどうしてもみつからないのでキラは探しにでかけているのだ。月はそんなことを思っていても、そんな考えはかれの意識の奥底でねむっているので意識の表層にまで浮かびあがってくることはない。なにも知らないままかれは少年に拘束されて逃げ場のないことに安堵する。 月が自分を思い出すまでにかれをキラの統べる肉体といううつわの中からすくいだすには、少年には時間とちからが足りず、またあまりにも月をしらなかった。青年はやさしく少年をうけいれながら剥がれ落ちた感情をかきあつめて微笑む。次に月が目を閉じて見開いた時にはぬぐいさられている繊細な少年時代のおもかげは少年の胸を苦しくしめつけるけれど、その時にはもう遅いことを少年はまだ知らないでいる。今はお互いの意識だけが、ひたすらに融け合おうと足掻く肉体の上空にぽっかりと浮いて不思議そうに顔を見あわせている。 ばらばらになったこころとからだが散らばるベッドの上で、おとなとこどもが手をつなぎあって途方にくれる。かえり道はまだ見つからない。 時々月がエアポケットに入った飛行機のように唐突に、すとんとキラであることを忘れたらいいなあと思います。月もキラも根本は一緒なのに大きく違っていて、それであまりにも傷ついてしまう月が、自己防衛本能のようなもので時々無意識にキラを追い出したりしているといいです。 これはそんな瞬間の月に触れたメロと月のおはなしです。 戻る |