ガーゴイ

 僕は夜神月の死体だ。
 確かに僕は夜神月そのものなのだけれど、僕はもうすっかり死んでいて、生きていた頃とは全く違ってしまっている。だから僕はもう以前の夜神月ではなく、夜神月の死体なのだ。
 死体の僕を所有しているのは竜崎だ。彼は僕を人形のように撫でたり話し掛けたりする、そして僕に名前をつけてその名前で呼ぶ。竜崎は確かに僕を大切に扱うけれど、彼は僕を決して人形以上のものとして扱うことが無い。僕はうつろな目に竜崎とその後ろの天井なんかを映しながら、竜崎が僕につけた名前を呼んだり僕にそっと口付けたりするのをどこか遠くに感じる。
 竜崎は別に僕なんかが欲しかった訳ではない、彼が欲しかったのは彼がずっと探していたキラという名前の誰かだ。竜崎にとって僕は他の誰よりももっともキラに近い紛い物で、しかしキラが手に入らない以上紛い物は代用としての役割をきちんと果たすことが出来るという寸法だった。竜崎は僕みたいな死体なんか全く必要としてはいないのだが、キラを投影するには最適なようで、彼はだからそれなりに僕を大切にしたし少なくとも当分は手放すつもりがないようだった。それは僕が生きていたとしたらきっと酷く僕を傷つけたことだろうけれど、僕は死んでいるのでそんなことに文句のあろうはずがない。僕を所有している竜崎は僕に対してどんな権利だって持っているのだ。
 ただ、彼が僕の名前を口にすることが時折ある。僕は僕の頬や首筋や背中を優しく辿る竜崎のされるがままになりながら、あれだけ散々僕をキラと呼んでおいて今更僕の名前なんて呼ばれたら、きっと僕はすぐさま自殺してしまうことだろうと思った。思っている端から竜崎がまた僕の名前を呼び、それが余りにも残酷なので僕は何だか胸が痛いような錯覚をすら憶えた。
 しかし所詮錯覚は錯覚でしかないのだ。
 竜崎は僕を後ろから抱き締めた。僕が生きていたら僕はきっと身を竦ませてしまっただろう。僕にはそんなことをされた経験などないのだ。僕の目は今は壁に向けられていて、どこか視界の外で竜崎の手が僕の体に触れた。竜崎が何か色々と僕に話し掛けている。僕に?どうだろう。彼は大抵キラにばかり話し掛ける。彼の口調は何時だって同じ淡々とした調子なので、口調などから一体誰に向かって話し掛けているのかは判別が難しい。しかし僕に話し掛ける時は何度もキラは、キラならとその名前ばかりを出すのでそれは非常に簡単だった。
 ただ、竜崎が僕に話し掛けてくる時、彼は大抵無理な要求ばかりを繰り返すのだった。
 例えば彼に云わせれば僕はキラを完璧に理解していなければならなかったし、キラのようにいつ寝首を掻かれるのか解らない極度の緊張とそれに伴う生命を遣り取りする快感を彼に与えるべきだったし、またキラであることを認めてやらなければならないのだった。
 そんなことが僕に出来ようはずがない。僕は夜神月である以前にただの死体なのだ。だが竜崎はそれを認めようとしない。夜神くん、夜神くんと僕を呼んでは如何にも丁寧に自分の心情だとか願望だとか計画を述べる。それを彼自身は優しさの発露だと思っているのかも知れないが、生きていた頃の僕がそれを聞いたら拷問のようにしか感じられなかっただろう。いっそ自分がキラなのだと嘘でも訴え、自分がキラだ、キラだから僕を見て欲しいと泣きながら竜崎に縋ったかも知れない。それでももし僕がそんなことをしようものなら、竜崎はその瞬間に僕をキラの代用としてすら見なくなるだろう。彼が欲しているのは夜神月とは対極にあるものなのだから、僕が僕らしくあるほど、夜神月として弱さを見せるほど彼は僕に幻滅し軽蔑すら見せたはずだ。
 彼は僕の髪をさらさらと撫でながら、どこか夢見るようにして、僕が死んだら僕の死体をどうするつもりなのか囁き掛ける。妙なことだ、僕はとっくの昔から死体なのに。どうやったら死体がもう一度死ぬことが出来るんだろう。だが僕がそんな考えを述べたりすることが出来るはずがない。竜崎はきっと傍目から見たらとても愛しげに僕の肌を辿り続けている。
 竜崎は死体になった僕をどれだけ大切にするつもりなのか、一つ一つ僕に話して聞かせる。まるで子供が大切に時間を掛けて集めてきた宝物を一つずつこっそりと見せるように。しかしそんなことを云われても、僕はもう等身大のキラ人形なのだ。夜神月ではない。夜神月が欲しいのなら僕の代わりをまた見つけてこなければいけないだろう、そしてその夜神月人形を月と呼んでやればいい。僕をキラと呼んだように。
 私に触れられている間誰のことを考えているのですか、竜崎がそんなことを云ったような気がした。またキラという単語も聴こえたように思える。
 僕は死んでしまって以来さして何も感じなくなっているので、竜崎の声もどこか遠くから響いてくる残響のようにしか聴こえてはいない。僕だけ先にガーゴイルになってしまったのだけど、竜崎は別に僕とは何の約束もしていなかったので、だから彼が僕を追ってきたりすることはない。僕はぼんやりと竜崎の声を感じながら、死体としてこれ以上なく死んでいる僕が更に壊死していくのを感じる。痛みはない。眠いだけだ。とても、とても眠くなっていく。そのうち死体としてすらなにも感じなくなってしまうのだろう。
 そうして僕の体が呼吸を止めたら、きっと彼の望むキラ人形が完成する。
 僕はきっと少し、ほんの少しだけそれを喜ぶだろう。




フロン』のユウさんの書かれた小説『2』を私なりに書き直したというか、それをベースに色々捏造したものです。
実はこっそり他の方の作品をベースに脳内妄想して遊ぶ癖があるのですが、それをユウさんに話したところ興味を持って戴いたのでこうして恥を晒しています……。
こんな暴挙を笑って見逃して貰えて嬉しい限りですー。
謹んでユウさんに捧げさせて戴きます。


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