Everything's Not Lost 竜崎は大抵ひどく動物的に僕に触れる。 もしも僕が男でなければ、肉体的に丈夫である程度の衝撃には耐性があり妊娠の恐れの無い男性でなければ、彼はきっと僕に触れもしなかったのだろうと僕は時々思う。 彼はそもそも妙に人間との距離をとるのが上手い人間ではあった。親しげに、とまではいかないものの、如何にも自分以外の人間を受け流すことが出来ているように見えるのに、決して誰にも触れないし触れさせることもないのだった。竜崎はいつだって何でもないような表情と態度で人間を避けた。彼が誰かと接触して不愉快さを滲ませなかったことなど殆ど無いと云っていい。 そんな竜崎がようやく僕に不必要な場合においても触れるようになったのは、僕達が性的な関係を結んでからだった。 考えればこんなことは本末転倒だ、普通なら逆にささやかな触れ合いから始まって性交渉に至る、僕だってそう認識していたのに。結局のところ僕と竜崎は性的な関係を時折持つようになり、仕舞いには頻度を増しさえした。 僕と竜崎は恋人同士なのだろうか、よく解らない。女性と性的な関係に陥ったことが無いとは云わないけれど、確か何らかの興味を持って僕は女性と抱き合った。だがこれは興味なのだろうか?確かに僕は興味を持った、竜崎は僕に多大なる影響を及ぼしたし、僕は彼を尊敬してもいるから僕には性交渉を持ちかけられて断らずにいる充分な理由がある。 だけど竜崎は何故なのだろう。僕は度々それを疑問に思うけれど、彼が僕を特別視しているから、つまりキラだと思っているからなのだろうという考えに到達してしまうので、僕はその辺りで毎回考えるのを止める。 竜崎はいつだって優しくはない。彼は僕を支配し粉砕し克服しようとするかのように僕を組み敷く。 僕はそんな竜崎を見ているのがとても辛い。彼は表情こそさして変えはしないものの、何故かとても真剣な眼差しで僕を見ているように思えるからだ。竜崎はいつだって真剣な眼差しをしている、わざとらしいほどに倦怠感を漂わせる動作をして見せながらも彼は真剣だ、そして僕を見ている。観察しているのだろうか、いや判定しているのだ。 僕はそんな竜崎を見ていると何故か同情してしまう。彼の過去も現在もさして知らない僕が彼の何に同情していいのか解らなくなるくらいだけど、だけど竜崎が僕の中に居る時に僕の胸が締め付けられるのは、涙が零れてしまうのはきっと同情だ。僕には彼が切ないほどに哀れに思えてならない。 僕はだから、竜崎に見られるのがとても辛いのだ。 そして竜崎を見るのだって辛い。 夜中に隣で眠っている竜崎を見るのが僕には一番堪える。鎖の鈍い銀色の光、それに閉じられた竜崎の瞼、緩く上下する胸を見て辛くなかったことなんてない。僕が竜崎と24時間一緒に居るようになってから、僕はそんなよく解らない悲しみに何度か襲われた。けれどそれはますます酷くなり、ある夜僕が夜中に目を覚ました時、竜崎も目を開けて僕を見たと同時に僕は泣き出してしまった。 最も僕は身も世もなく泣いたりなんて出来なくて、涙が止め処なく零れ落ちるのに驚くと共に恥ずかしさで消え入りそうだった。竜崎はそんな僕をあの観察するような目でじっと見ていて、僕は悲しみの余り叫びだしたいくらいだった。それなりに幸福に生きてきた僕に、あの悲しさはとても辛かった。 竜崎はいつまでも僕を見つめていた。僕は僕を見つめ続ける竜崎の手を握ってそっと彼の目を覆った。 もう見るな、と僕は囁くようにして云った。もう見ないで欲しい。 それは僕の切実な願いだった。これ以上竜崎に観察されていたら、いつか僕の知らない僕を見つけられてしまうのではという恐怖があった。僕が知らない、また恐らく知ることの無い誰かを。彼なら、きっと見つけてしまう。僕の抱くその漠然とした恐怖は所詮下らない妄想にしか過ぎず、けれど何故か僕はそこから抜け出すことは出来なくていつまでも同じ場所に居るのだった。 竜崎は何も云わなかった。僕の手の下で彼はぱちりと一度だけ瞬き、それから静かに目を閉じた。もう見ていないか、と訊くと、竜崎ははいと応えて緩やかに胸を上下させた。僕はそれでようやくあの鮮烈な悲しみが少しだけ影を潜めるのを感じて、竜崎の目を押さえた姿勢のまましばらく目を閉じて息を殺した。夜はとても静かだった。竜崎の心拍に乱れはなく、僕はそろそろと深呼吸をしてから慎重に竜崎の目に載せていた手を離し、その傍に横たわった。その夜、僕は竜崎とと手を繋いだまま眠った。 僕と竜崎は、恋人同士なのだろうか。何故僕がこんなにも竜崎に依存していながら踏み込みきれないのか、何故こうして密かに苦しみを押し殺してまで竜崎と触れ合ってしまうのか。僕には解らない。 竜崎は何時まで経っても僕を観察し続けている。そして彼が僕から目を離してくれない限り、この悲しみは消えることはないのだ。彼は僕に何を求めるのか、僕から何を探り出そうとしているのか、僕はその理由を追及したりはしない。何かを知られること、それは確かに恐ろしくはあるけれど、また妙なことに、彼が何も見つけなかったらという可能性をも僕は恐れていた。竜崎が僕から少しも特別を見出すことが出来ないまま諦めてしまったら、その時彼はこうして僕に悲しみを与えることすら止めてしまうだろう。 本当のことを云うと、僕はもう何も見たくないのだ。何も。僕を見る竜崎を見たくない。あと少しでもこの辛さが膨れ上がったら、きっと僕は嘘しか信じて貰えなかったトロイの姫君のように悲しみで死んでしまうだろう。掴んでいて貰わなければ僕はきっとすぐにでも崩れ落ちてしまう。 (辛い。辛い。僕は辛いんだ、竜崎) だから僕と竜崎は、セックスをしない夜には目隠しをして眠っている。相手が見えないように。相手に見られないように。手を繋いで。 僕はもう何も見ない。 (つらいんだよ……) 今回は敢えてほぼ全く推敲せずに書いてみました。 やや不完全燃焼の感がありますがそれもいいかなと。……まあ自己満足ですが。 Lとピュア月にはいつまでも片思いのまま擦れ違い続ける純愛をしていて欲しいです。 杏樹さんに捧げます。 戻る |