そう、こんなこと最初から計算していた。

ペルゲンガー

 デスノートの所有権を手放せばデスノートに関する記憶を失う。
 だが以前所有していたデスノートを再び手に入れればまた以前の記憶を取り戻すことができる。
 これだけ便利で都合のいい手段があって、僕がそれを利用しない訳なんてそもそもありはしない。
 僕は限りなく綿密に計画を立て、デスノートの所有権を放棄してからも再びデスノートを手にすることの出来る状況に自分を導いた。デスノートの記憶を失った僕はつまり普通の大学生になってしまうということで、勿論自分がキラだということも忘れている。だから僕は最終的には再びキラになるため、自分自身を罠にかけた。
 デスノートの存在どころか圧倒的にキラに関する情報が不足しているこの状況下、更に僕と海砂が都合良くデスノートの記憶を失って、しかもデスノートは第三者の手に渡った。全てを知り把握しているのは確実に僕だけで、そういったことは何も知らないLからしてみれば混乱するばかりだっただろう。
 そしてそれは記憶を失った僕に対しても同じことだ。
 Lと記憶を失った僕に与えられる情報は自然と限られてくる。デスノートという鍵を失って、情報はばらけたパズルになる。
 そして僕の用意したスケープゴート、第三のキラ。
 彼が私利私欲のために動けば動くほど彼は自らがキラであることを知られる危険を増幅させる。だが私利私欲のため以外にデスノートを使わずに居られるほど誘惑に強い人間がそう居るだろうか。邪魔なものを手を汚さずして消してしまえるあの手段を。
 そうして第三のキラは次第にLと僕の前に姿を現す。彼がLと僕の手中に落ちるまでに、デスノートとキラに関するあらゆる情報が得られることだろう。だが、この状況の持つ強みはLも僕もデスノートの存在を知らない、ということだ。Lは真実の核心にまで迫りはするだろう、だが決して真実そのものに触れることはない。むしろそれらの情報から必要な解答つまりキラへの裏づけが得ることができず、結果それらの情報は破棄されることになる。ということは、それらの情報はキラとは関係がないものであることが証明される。
 そうして舞台は徐々に僕に有利なように巡ってくる。僕はそれらの情報からLとは違った答えを導き出すだろう、そしてそれは少しずつ僕をデスノートへと近づけてゆく。一歩ずつ。キラへと。
 しかし、僕が再びキラになることに関して、少しばかり弊害があった。
 それは僕が完璧にキラになれるか、ということだ。

 デスノートの所有権を手放す前の僕はキラとして新世界の神になるのに充分な資格を備えていた。
 キラは世界に必要のない犯罪者達を一掃するものだ。謂わばウィルス駆除システムのようなもので、だからこういった正確さを要するものに感情は必要ない。必要ないどころか感傷などが犯罪者達を裁く行為に影響を与えたりなどしては困るのだ。キラは神だ。そして神は絶対でなければならない。
 その点、僕は感情に惑わされない分キラになるのに向いていた。僕は理性にのっとって行動するし、キラそして新世界という目標は必ず達成するつもりでもある。
 だが、記憶を失くした僕は果たしてキラにこうも全面的に賛成できるのか。
 確かに僕自身がキラである以上僕は結果的には再びキラになり犯罪者達を裁くだろう、だが記憶のない僕はLと共に居るはずだ。彼は彼で正義を主張しており、全面的にキラを悪としている。そんな状況に影響されないとは必ずしも云い切れはしない。
 だから、 僕が再びデスノートを手にするとき、僕はキラである僕とキラではない僕の、二つの意識を抱えるというリスクを持っている。それは場合によってはキラとしての僕の今後の行動や思考を狂わせてしまう可能性を含んでおり、神として新世界を創造しなければならない僕としてはそういった事態は避けなければならない。少なくとも、キラである僕の意識はキラではない僕のものより上位に位置していなければならず、しかしそれでもキラでない僕の存在はやはりキラを脅かし続けるだろう。自分の中にそんなものを抱え込むことは場合によってはLよりも危険だ。
 最も望ましいのは、キラがキラではない僕を吸収してしまうことだ。人格を統合してしまいさえすれば全ての危険は回避される。
 だがどのようにしてそういった状態に自分自身を導くか。
 そこで役立つものが、一つある。Lだ。

 自らをLと名乗るあの男は、いっそ執拗なまでにキラに執着している。彼は命を賭してまでしてキラを追い死刑台に送ることに情熱を燃やしている。それもLがキラを危険である、絶対的な悪であると判断しているからのことではあるが、それはつまり云い替えてしまえばそれだけキラという存在を高く買っている、ということにもなる。Lはキラを自らの敵として全力で追っていて、それだけにキラの能力を認めている。
 そしてLは僕がキラであると確信してもいる。
 僕がキラだという証拠はLの持つ情報量からも数字的にも確率の低いものではあるが、Lは直感的にだろう、僕をキラだと判断した。そしてそれは正しい。
 Lは逐一僕の行動を観察してはキラならどのような言動や行動をとるのかを判断していた。Lに近づくということは、Lを知ることが出来るという点でメリットは大きいもののそれだけリスクも高い。今ではLはキラである僕をそれなりには把握していることだろう。
 だからそれを利用する。
 デスノートを手放せば、その瞬間から僕はキラではなくなる。Lはそんなことは知らないので、僕の不可解な変化に困惑せざるを得ない。あれだけ僕がキラであることを確信していたのに、その確信は僕の遂げる豹変によって突き崩されてゆく。その状況下でLは、夜神月はキラだ、キラでなければならないという、一種期待のような態度を僕に向けるだろう。
 記憶を失った僕にとって、Lは僕の世界を変えた人間に等しい。大学を休学し、監禁され、キラを追う。デスノートの記憶が無くなってしまえば、僕の送った生活は以前と同じ退屈で変わり映えのないものに過ぎなくなる。その中で、僕の生活をこうも劇的に変化させたLが僕に及ぼす影響は少なくはない。
 だがそのLがいつまでも僕をキラとして扱い、キラばかりを追っていたのだとしたらどうなるか。
 勿論僕は自分がキラであるということを知らないのだから、濡れ衣を着せられているように思えるだろう。僕は恐らく自分の無実を可能な限り証明しようとするだろうし、Lに対しても誠実であろうとするだろう、だがその努力を裏切るのはLだ。
 彼が僕に望むものは決して夜神月ではなくキラなのだ、ということを彼はきっと僕に突きつけてくれる。
 その時僕が傷つかずにいられるか、答えは火を見るより明らか。

 僕はリスクを冒すことを厭いはしないが好みもしない。
 デスノートを使用しキラとして存在しようとする以上、ある一定のリスクを負わなければならないことは最初から想定してある。だがリスクを冒す必要がないのならそういった危険は最小限に抑えられるべきだ。僕は神として新世界を創造する義務があるし、その暁には出来うる限り長い間その状態を維持しなければならない。その為にも僕は可能な限りリスクを回避する必要がある。
 その点で、Lという存在は僕にとって安全弁の役割を果たしている。
 記憶を失った僕がLに影響されなければ問題はない。キラとしての自分に疑いを持ったりしなければ僕は問題なくキラに戻ることが出来るだろう。その場合Lの存在はあってもなくても同じことだ。
 だが僕がLに賛同し影響を受けた場合、彼の存在は非常に役に立つ。
 Lは夜神月としての僕を拒否しキラを望むだろう。僕がLの正義に賛成すればするほど彼が自分に求めているものが彼の正義ではないことを知る。それはきっと僕にとっては苦しみであるが、Lからの影響が強いほど、つまりキラとしての僕が危険に晒されているほどこの苦しみは強く、だからこそ僕はキラを望まざるを得ない状況に追い込まれてゆく。
 キラとしての存在が危うくなるほど強く僕に働きかける、Lはデスノートの記憶を失った僕をキラとしての軌道から外れさせないための丁度都合よくプログラムされたシステムなのだ。
 こんなもの、我ながらいっそ馬鹿馬鹿しいと思えてしまう。
 だってLが真実を知ったとしたら、彼はきっと何としてでも夜神月である僕を繋ぎとめようとしただろう。
 だが真実を知らないLは僕を突き放す。彼こそが僕をキラにするのだ。
 何とも馬鹿げている、そうじゃないか。こんな喜劇、笑わずにはいられないだろう?

 デスノートを手にした瞬間、僕は再び夜神月の中にキラとして復活する。
 ああそうだ、僕こそが新世界の神となるものだったのだ、僕は目を細めるだろう。あるいはLに向けて哀れみを込めて微笑むかもしれない、そうして僕は夜神月を弔うのだ、僕がそしてLがゆっくりと殺してきた僕を。
 僕、は二人も要りはしない。
 僕が僕に出会ったとき、残るのは一人の「僕」だけだ。
 可哀想に、僕はか細く悲鳴を上げて消えてゆくもう一人の僕に囁きかける。何て可哀想に。だけどそれもお前の所為だよ、L。僕は夜神月とキラと、二人も居たのに、お前はキラを選んだのだから。
 僕は僕がキラという大きな存在の中に消え行く様を静かに見つめるだろう、悲しい呼び声の反響が薄れてゆくのを、最後に零された涙が果敢なく落ちて毀れる様子を表情も変えずに見守るのだ。
 今までキラばかりを望んでくれて有難う、L。僕は静かに、とても静かに言葉を紡ぐ。お陰で夜神月はこんなにも簡単に諦めた。

 僕は死んでしまった僕とデスノートを抱いて、きっと優しく微笑む。




これは書いている時に一度うっかり消してしまって半泣きになりながら書き直しました。Lキラ月です。
最後の辺りは特にキラ×月を意識して書いたのですが、伝わっているかどうか。
て云うかまさかこれを書いた数日後に本当にキラが戻ってくるとは思わなかったよ……当ててしまったようでそれこそ泣きたくなりました。キラは愛してるけどピュア月も恋しいよ……。


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