心中待ち 私はLだ。そして私は私がLであることを知っている。 私がLであるということや私と云う存在のアイデンティティ、それは揺るぎ無い事実で、だからわざわざ疑うまでも無いことだ。 私の目の前にはキラが居る。 彼、夜神月はキラだ。私は彼がキラであることを事実として知っている。 彼がキラであるという可能性は数字として見れば決して高くはないが、私が今までに得た幾つかの些細な根拠は、既に彼をキラと断定するに十分なものであると私は判断している。 私がLであり彼がキラであるということは、だから私にしてみれば確固たる真実なのだ。 今、私とキラはテーブルを挟んで向かい合っている。 ホテルのソファはまずまず居心地が良く、私の前に置かれた紅茶とケーキはなかなか質の良い香りを漂わせている。 少しばかり不愉快なのは、開いたカーテンの向こうでは日が暮れるところで、南を向いたこの部屋には本来差し込まない筈の西日が隣のビルのガラスに反射していかにも眩しいことだった。このホテルは悪くはないが、敢えて評価を下すなら可もなく不可もなくというところだ。私は内心で明日にでもここを引き払って別のホテルに移ることに決定する。 「……」 私は西日から目を逸らし、正面に座った夜神月に視線を戻す。 彼は夜神月で、そしてキラだ。私の目の前に居る。 そう思うと、ただでさえどこか落ち着かなかった気分がいよいよざわざわと波立った。 探偵という職業上、犯罪者と向かい合う機会は多い。だが私の今まで出会ってきた犯罪者たちはどれも「捕まる前の犯罪者」か「捕まった犯罪者」でしかなかった。前者は自由を失う事への不安を、後者は自由を失った諦めを多かれ少なかれ抱えていて、その「自由」の定義も「犯罪」の定義も多岐に渡りはすれど結局は似たようなカテゴリにカテゴライズしてしまうことが可能だ。 それどころか、それ以外の犯罪者の存在はむしろ稀だった。この二つのカテゴリに当て嵌まらない人間は大抵狂気を孕んでいて、逆に解り易い。 云ってしまえば結局のところ犯罪者は犯罪者だということで、だから私はその「犯罪者」という定義を殆ど絶対的なものとして見ていたのだった。 だが、彼はどうだろう。この青年、夜神月は。 彼はキラだ。つまり犯罪者だ。それは明らかなのに、だが彼はどのカテゴリにも属してはいないように思えた。 彼はまだ捕まっていないのだから「捕まった犯罪者」ではない。それはいいだろう。だが彼を果たして「捕まる前の犯罪者」と呼んでいいのだろうか。彼は捕まることを、自由に一般人として生きる術を失うことを、自由に殺人を犯せなくなることを怖れてはいない。そもそも自分が犯していることが犯罪であると認識しているかどうか。彼は確かに正義を名乗った。 ならば彼は狂っているのだろうか。自らを正義だと定義した彼は。私はそれが……知りたい。 夜神はさっきから一言も言葉を発していはいない。私を一切の躊躇いを見せずにじっと見ている。 私は彼が自白し罪を告白し懺悔し許しを乞う姿が見たいという激しい衝動にかられるが、それを実行に移すことは間違っていることなので何もしない。少しばかり目を伏せて衝動を遣り過ごしながら、代わりに先程夜神が提起したトピックにもう一度触れることを私は選んだ。 「先程のあなたの発言ですが、」 云いながら私は紅茶のカップを取る。最前の衝動が去ったことを確認するためにも、私はついと視線を彼に向けた。 「あまり真実味がないように私には思えます」 どうやらまだ僅かに残った暴力的な気分の余韻の存在を認め、私はカップに口をつけながらポーションミルクのたっぷり入った紅茶のとろりとした白を眺めた。 「そう?」 再び視線を上げると、今まで内心を窺わせない曖昧な表情をしていた夜神が、今は明らかに笑みを浮かべていた。 何のつもりだ、と推測するまでもなく、夜神は心持ち目を細めて一層明確に微笑んだ。 「どうやら僕は竜崎に対して性的な興味を持っているような気がする、と云っただけだけど」 「性的、ですか」 私は首を傾げた。 「いや……まあそういった部分もあるけど、もっと漠然としているようだ」 「漠然と……」 半ばぼんやりとと反芻していると、夜神はやや困ったような風に苦笑した。ただ、それが彼の本心かどうかは疑わしいところではある。 夜神が馬鹿馬鹿しいほど自然に立ち上がる。それが私に返答を強いていることは明白だった。 ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる夜神の足の運びを、私は何か自然現象でも見るような気分で観察した。 「お前みたいな人間には会った事がないよ、……竜崎。だからかもしれない」 彼が竜崎と私を呼ぶ声はあまりにもひそめられていて、ほとんど聴き取る事が出来ないほどで。きっと夜神は私をLと呼んだのだろう、と私はふと思った。 「自分でも把握し切れていないのですか」 最早私の斜め前に立った夜神と私の間には障害物が無い。 私を見下ろす彼を何の含みもなく見上げると、屈辱を与えられた被虐趣味者のような表情を浮かべて夜神がにっこりと笑った。 彼は提案を提起した、そして私は拒まなかった。彼は今、自身の勝利を確信しているのだろうか。 だがこの状況がただ単純に勝利と敗北にカテゴライズ出来てしまうようなものではないことくらい、彼にはよく解っている筈だった。 これは勝負事などではない。生存競争だ。 「そんな訳がないだろう、何を云ってるんだ……L」 そう云ってキラは微笑みながら私の服に手をかけ、私は私の飼っているけだもののような衝動が手綱を振り切る瞬間が訪れるのを静かに待つ。 今度は誘い受けか……! バリエーションをこなそうなどとは欠片も考えてはいなかったのですが、気付いたら月が誘い受けしていました。むしろ一歩間違えたら攻めです。リバ派に優しいL月。 ええと初心に帰ってLキラです。キラ様がなかなか降臨してくれないので痺れを切らして自分の小説にご出演して貰いました。自給自足ですね。 でも自分の書く小説には萌えない……。 戻る |