とシャンティティ

「夜神君は恋をしたことがあるんでしょうか」
 いつものように無駄に手の込んだケーキを有難味も無くつつきながら唐突にLがそう発言したので、僕はそのひどく独り言めいた疑問に対して返事をするべきかどうか一瞬躊躇した。質問をされたのなら答えねばならないのだろうけれど、僕としては極力Lには自分の情報を曝け出したくはないのだ。いつどのような状況が僕を不利な状況に追い込むか解らないのだから。それにこの発言は只の独り言かも知れず、だから尚更返事はし辛かった。
 とは云え、今日もまた普段と全く変わり映えのしない日だった。当然のことながら、キラ捜査は依然として進んではいない。僕は世界のゴミを消すのに忙しいし、Lは尻尾を出すはずもないキラの立ち回りにすっかり手詰まりだ。だがそれでも僕達は一応、まあ最低限表面上でも、キラを追っているはずだったし、だからLのそんな発言に僕は不意を衝かれた訳でもなくはなかった。
 そもそもこれはどういった意味での疑問なのだろうか。あれだけ散々僕について調査や監視を行っておいたのだから、僕が数人の女性と付き合っていることくらいは明白だ。その程度のことをわざわざ僕に質問したとは思えないし、もしかするとLは僕が純粋な好意からそれらの女性達と付き合っている訳ではないことが解っているのかも知れなかった。しかし例え僕が彼女達にさしたる特別な感情を抱いていないとしても、普通の十代の男が誰かと付き合ってみたいと思わないことの方がおかしいのだから、僕の目的が何であれ疑問を抱くまでもないことだ。Lが一体どういうつもりであんな質問をしたのか、その意図はいまいち読み切れなかった。
「竜崎はしたことはないのかい」
 僕は適切な返答に困ったので妥当な対応をする事に決め、至極さらりとした調子で逆に訊き返してみた。
 微かに笑みを浮かべながらLの方を見やると、Lはあたかもケーキについて新事実を発見したかのような面持ちで目の前の皿をあの妙な持ち方をしたフォークでつついていた。今なら「夜神君たった今私はケーキとクリームとバニラの関連性について宇宙を見出したんです」なんていう電波な台詞をアテレコしても違和感が無いだろう。
 訊き返しはしたもののいつまで経っても返事をしないLに苛立ってそんなことをつらつらと脳内で思っていると、またもや前触れ無くLが口を開いた。
「そうですね……そういった経験はありませんね」
 云って、それまでずっとケーキを見つめていたLがようやくこちらを向いた。だが視線は合わせない。
「それどころか、私はそういったものを恐れてすらいます。感情なんてものは時折激し過ぎる」
「そうか。まあ僕としては竜崎がどうしようと構わないけどね」
 そもそも僕にはLの恋愛観などどうだっていい。僕には関係がないのだから。Lが例えロリコンだろうがスカトロフェチだろうが、あるいはいっそネクロフィリアやクリューバー・ビューシー症候群患者だったとしても、僕の知ったことではない。元を辿ればこんな変人の一挙一動にいちいち悩まされなければならない理由だって、Lが僕の敵であるということ以外にはないのだ、本当は。
 あからさまなほど投げやりに返事を返すと、Lはやや不服そうな表情になり、やっと僕を見た。恐らく僕を納得させなければ気が済まなくなったのだろう。思った通り、Lは早速弁解じみた説明を始めた。
「掌中で踊るものなら、それが例え何であろうと結局は可愛いものです。しかし恋だとか愛情といった執着は正しい判断を狂わせます。制御し切れない感情は理性や倫理を狂わせ時に覆す。人間という、感情に支配された生き物で在り続ける限り、そしてその人間が理性的であろうとする限り、感情の波を乱す要素は非常に危険なのです」
 そこまで云うと、Lは僕の表情を伺うように僕をじっと見つめた。
 僕は溜息と共に「もういいかい満足しただろう」と吐き出す。正直こんな話題に興味は無いのだ。Lが一生恋をしなかったところで早死にしてくれる訳でもなし、実名が解る訳でもない。それに僕だって案外似たようなものなので、Lの話を聞いていると何だか自分自身の独白を聞いているような気分にならないでもないのだった。ただ、僕の場合はLとは理由が根本から違っていたけれど。
「君はまだ私の質問に答えていませんよ、夜神君。夜神君は恋をしたことがあるんですか」
 視線が軋みを上げて交錯した。
 Lは相変わらず僕を見ている。ただでさえ微かにしか表されていなかった表情は、すでに跡形も無く消え去っている。
 僕は感情に動かされたりはしない。愛情や憎しみといった、強い感情の波を恐れてもいない。それらは僕の中では飼いならされたけだものなのだ。だって僕は誰にも執着しない。この世界はこれだけ退屈で仕方が無いのに、そして生きる資格の無いようなゴミ共の手によって薄汚れているのに、何を愛すというのだろう。僕はゴミ共を一掃することによって全てを浄化し新世界を創造するし、Lはどうせその完成を見ることはない。
 だが、Lは。このLという得体の知れない男は、実は興味深いといえば確かに興味深いのかもしれない。ふと僕はそう思った。この名前も知れない男だけが、僕の中にどんな恋や夢物語よりも生々しい強い感情を巻き起こす。
 はは、面白いじゃないか。
 僕は何も云わないまま、口許だけで少し笑って見せた。
「……恋なんて感情の波を乱すものを、私は望んでなんかいません」
 Lはふらふらと視線を泳がせながら誰にともなく云い聞かせるようにしてそう云い、僕は口の形だけで「その通りだよ」と賛成してやった。




シャンティティとは、生クリ−ムに砂糖を加えてバニラの香りをつけ、泡立てたクリ−ムのこと。お菓子は好きだけど然程詳しくはないです、残念ながら。でもシャンティティって響きがいいですよね。
というかLがクリューバー・バーシー症候群患者だったら困るのは月かと思われます(笑)。恐怖が消えて全てが性交の対象になる症状が出ますから、月は真っ先に大変な目に遭わされます。


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