優しい回路 あの時、牢の中で。 気まぐれな少女が熱心に読んでいたはずの雑誌を投げ出すように、事も無げに僕の思考は変わった。 理由はよく解らない。ただ、自分は何をしているのだろう、何故「キラかもしれない」などという曖昧な根拠でこんな状況に身を任せているのだろう、そういった強い疑問だけがはっきりと浮かび上がった。そもそも自分があんな、周囲から見ただけの理由付けに納得したこと自体が信じられない。だって誰が何と云おうと僕はキラではないのだから。それは僕が僕以外の誰よりもよく知っている。そんな僕にしてみれば、牢に軟禁されるという選択肢を選んだことはあまりにも愚かしいことだった。こんなところで時間を無駄にしていたずらに犠牲者を増やすよりは、少しでも捜査に関わりLの手助けをするべきではないのか。そうして一刻も早くキラを捕まえるべきなのだ。 僕を此処から出してくれ、そうLに頼んだ。 Lは僕の頼みを聞き入れはしなかった。さも疑わしげに僕を窺った。自分から牢に入れろと云った癖に、何故今頃になって開放しろなどと要求するのか、そういった疑いと微かな非難がLの表情と声色に込められていた。当然のことだろう。だけど、いつまでもこんな牢に居る訳にはいかないのだ、キラが人々を「裁いて」いる限りは。Lは僕を信頼しなければならない。僕を信じ、牢から出して捜査を手伝わせなければ。けれどどれだけ僕がLに僕がキラではないことを訴えようと、Lは根拠が無い限りは僕を信じようとはしなかった。そういったLの考え方も行動も、正論以外のなにものでもなかったのだが、だからこそ僕は口惜しさに歯噛みするほかなかった。 コンクリートに固められた空間の中、時間だけが確実に流れてゆく。 一旦は鳴りを潜めていたキラは再び人々の命を弄び始め、僕は牢の中でただひたすら焦燥に駆られるばかりの日々を送っていた。 僕はつらつらと考える。あの瞬間のことを。唐突に視界が開けたように感じた、あの時のことを。確かに僕は自分自身をキラだろうかと疑うような下らない考え方から抜け出しはした。だけど、あの時巣から放り出された小鳥のようにひどく心許無い気がしたのは、胸の奥を風が吹き抜けたのは、果たして何故だったのだろうか。終わりの見えないトンネルを走りながら何の前触れも無く壁に開いた穴から押し出されたような、どこか喪失感にも似たあの奇妙な感覚は、ただ考え方が変わったからと云って説明するには説得力がなさ過ぎた。 そうしてただいたずらに疑問だけが積もってゆく。 僕には解らない。自分のことだというのに、判断するには圧倒的に情報が足りていないからだ。疑問ばかりで解答が無い。それでも、解らなくても、僕は多分薄々感付いている。僕の辿った思考に。僕が引いたであろう回路に。きっと、Lも感じているのだろう。僕の中、手探りをすれば指先に触れる、寸分の狂いも無く張り巡らされた蜘蛛の糸。真実の気配は至るところに満ち満ちている。 僕は多分、自分自身という罠に掛かった哀れな蝶でしかないのだ。捕食者が一歩また一歩と近づいてくるのを黙って見守るのが僕に振られた役割だ。 僕は斜め上にあるカメラを見つめた。 この向こうにはLが居る。 僕は吐息だけで微かに笑った。誰だか知らないけど、残念だったね。 Lはきっとキラを捕まえるだろう。 これのどこがL月なのかどうかはさておいて。 白月はキラを軽蔑するのではないでしょうか。 デスノートを手にした月は「退屈していたんだ」と云ったけれど、新しい世界を知るまで人というものは不満を抱えつつも満ち足りるものですから。 自分が仕掛けた罠に徐々に引きずり込まれてゆく白月。頼みの綱はLです。 戻る |