今日のスカイハイさんは牛乳を雄っぱいにぶっかけられ


 モノレールの車内は混み合っていた。
 普通の勤め人とは異なった生活を送るキースが、ラッシュアワーに遭遇するのは珍しい。慣れない環境に身体を縮こまらせながら、彼は所在なく車内広告を眺めていた。あまりにも混んでいるために、どこを見ても周囲の人間を凝視する羽目になってしまう。幸い鞄などはないので手ぶらではあるが、そうすると逆に手の遣り場にも迷う。吊革はというと、随分と離れたところにあった。
 ゴトンゴトンという規則正しい音が、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた人々を運んでいる。早く次の駅に着けばいいのに。そう思っているのはキースだけではないだろう。
 プシュ、という音と共に、ようやくモノレールの扉が開かれた。途端にどっと人が出て行く。人々の熱気で蒸し暑いほどだった車内に新鮮な空気が流れ込み、キースはほっと肩から力を抜いた。しかし、車外に控えていた人々がすぐさま乗り込んでくると、もう元の木阿弥だった。再びみっしりと車内に人間が満ちる。正面からぎゅうっと押されて、キースは逆らうことなく壁にぴったりと背中を押し当てた。
 横に立つ女性の鞄の角が脇腹のあたりに当たって痛い。これも次の駅までの辛抱だ、そう思って耐える。今度は、キースの目の前に男子高校生が立っていた。手にはパックの飲料を持っている。すぐ傍に居たサラリーマンが舌打ちして、少年は慌ててそれを自分の胸の前で持ち直した。
 満員電車に飲料を持ち込むのは非常識なことなので、睨まれても仕方のないことだろう。サラリーマンの視線はすぐに外され、車内で少年を見ている者はキース以外に居なくなった。キースはというと、彼がほとんど身体を密着させるように立っているために、つい視線をやらずにはいられないのだった。
 若者特有の高い体温が、Tシャツ越しにじわりと伝わってくる。普段着のフライトジャケットは屋外では重宝するものの、満員電車では暑くてかなわない。やや汗ばんだシャツにまで熱を与えられて、キースははあっと小さなため息を漏らした。
 それでキースに気付いたのか、顔を上げた少年と目が合う。相手は一瞬何か思案するような表情を浮かべていたが、合わせられた視線はすぐに外された。
 ゴトンゴトン、音が続く。折りしもモノレールはカーブに差し掛かり、車内の人間が一斉にキースのいる側に傾いた。急に圧力が増して、うめき声が幾つも上がる。その中に、少年とキースの「あっ」という微かな声が混ざった。
「ご、ごめんなさい……!」
 少年が飲んでいたのは牛乳だったのか。呆然とするあまりそんなことを考えてしまう。
 列車が傾いた弾みで少年が手に持っていたパック飲料の中身はキースの胸にぶちまけられていた。両手で握りしめていたからだろうか、生ぬるい牛乳で濡れた胸が気持ち悪い。困った表情で謝罪する少年に、キースは緩く首を傾げて笑った。
「仕方ない、そして仕方ないね。気にしないでくれ」
 だが、少年は彼のその言葉に首を振った。
「すぐになんとかしますから……!」
「えっ、……っ!」
 突然、少年がキースの腰を掴んだかと思うと、じゅうっと密かな音をさせながらTシャツに染みた牛乳を啜り始めた。
 あまりの驚きに反応しきれないキースの様子をどう取り違えたのか、舌で舐めながら胸に吸い付いてくる。混雑したモノレールの車内で、シャツ越しにとはいえ高校生に胸を吸われる状況は異常すぎた。キースは相手の唇に与えられる微妙な感覚に背筋を震わせ、制止しようと抑えた声で話し掛けた。
「構わない、から、そ、んなことをしなくても……ひっ!」
 かり、と乳首にやわく歯を立てられ、咄嗟に漏れそうになった悲鳴をこらえる。目を見開いた先、少年がキースの胸板に唇をつけたまま目を笑いの形に細めていた。そのまま舌先で乳首を転がされる。
「うっ……ふうっ……」
 切ないような感覚が、いたぶられているそこから込み上げる。頬を染め、唇を噛んだキースの反応を嘲笑うように少年がおもむろに唇を離した。解放されたことでようやく身体から力が抜け、そうして初めてキースは自分がどれほど緊張していたのかを自覚した。
 だが、少年は決して思い留まったわけではなかった。彼がそっとキースに顔を寄せて囁く。
「しなくてもいいんですか」
 意味をはかりかねて返答に詰まった彼に、少年がくすりと笑った。
「……こっちも、して欲しいんじゃないですか」
 彼の指先がつうっと反対側の乳首をなぞって見せる。途端に、かあっと音でもしそうなほど顔全体が紅潮するのがわかった。
 生ぬるい液体で濡れたシャツはべっとりと肌にはりつき、その違和感が少年の指摘した渇望を煽っている。いつしか少年の両手はキースの腰をゆっくりと撫でており、身体全体に疼痛にも似た感覚が広がりつつあった。唇を僅かに開き、そして言葉を返せずに閉じる。モノレールは次の駅に近付いており、がくんと全体のスピードが落ちるのが感じられた。
「ほら、はやく決めないと」
 少年の表情には周囲に知られることへの不安など全く見受けられない。悪戯っぽく笑いかけられて、キースはとうとう現実感を見失った。無意識に唇を舐めて、彼はふらふらと揺れていた首を頷かせる。少年が無邪気と言っていいほど朗らかな笑顔を見せた。
「じゃあ、責任を持って綺麗にしますね。……終点までには」
 キースは腰をぶるりと震わせ、目を閉じた。


(05.26.12)


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