る一幕


「……君はずるい」
 ぽつりとスカイハイがこぼした、それがきっかけだったのかもしれない。

「何のことだよ」
 いささか不機嫌そうに返したワイルドタイガーは、スカイハイには目もくれずに外の様子を眺めている。スカイハイが犯人に向かって飛び込んでいったのと、ワイルドタイガーがワイヤーを使って唐突に方向転換をしたのとが運悪く重なってしまい、二人は古ぼけた雑居ビルの窓ガラスを突き破って中に叩きつけられた。
 慌てて体勢を取り戻して外を見てみれば、犯人は既にバーナビーやブルーローズによって捕獲され、護送されているところだった。
 またやってしまった。半ば苛立ち混じりに見たスカイハイは、衝撃でジェットパックが損傷してしまったのか可哀相なほどに肩を落としている。何度も背中を振り返りながら、再度起動しないかと試しているようだ。なんとか手伝えればいいのだろうが、そもそも機械に強い訳でもない彼に何が出来るだろう。幸い、ビルそのものは取り壊しが決まっていたらしく、中はがらんとして無人だ。少なくとも誰も怪我させなかったんだからいいよな。そう諦めてぼんやりと外を眺めていたところに、先程の言葉がかけられたのだった。
「君は、ずるい」
 スカイハイはジェットパックに見切りをつけたらしかった。埃だか煤だかわからないが、とにかく粉っぽい廃墟の地面に座り込んだ状態のまま、真っ直ぐにワイルドタイガーを見ている。広がった白い裾がすっかり汚れてしまっていた。元が純白であるがために、それがひどく目立つ。
「だから、何がだって」
「知っている癖に」
 彼の怒りについて、全く思い当たらないこともなかった。あの夜のことを指しているのだろう。勢いだとか、酔いだとか、そういう諸々の要因のために肌を重ねてしまった夜を。そして彼はまた、それ以降二度と訪れなかった幾つもの夜のことを、言っているのだろう。
「……あれは間違いだったんだよ」
「わたしは間違いにしたくない」
 何度遣り取りしても同じ結果ばかりだ。二人はぴりぴりと空気を張り詰めさせながら対峙している。一人は光を背にして、もう一人は地に背中を見せて。
「……」
 沈黙が動かしたのは、ワイルドタイガーの方だった。一足飛びに近づき、座った状態のスカイハイの上半身を無理矢理倒す。ジェットパックがつかえて、彼の顎ががくんと仰け反った。
「うわっ……!」
 唐突に局部を揉みしだかれて、スカイハイは全身を硬直させた。すぐさま飛び退りたかったが、急所を握られているという恐怖感が彼にそれを許さなかった。
「なっ、何を……!」
 抗議するように睨みつけるが、マスクに遮られてお互いの表情は見えない。ワイルドタイガーの外装は常と変わらず、こういう時だけ嫌に冷静な風にスカイハイを見返した。
「相手にされたかったんだろ、してやるよ」
「そ、」
 そういうことを言いたかったのではなかった。もっとちゃんと向かい合って、話し合いたい。そう思っていたことが伝わっていなかったのだろうか。漠然とした悲しみと、そしてあまりにも直接的な刺激を与えられて、スカイハイは言葉を失った。
「こう、か? それともこう……」
 生身ではない、ヒーロースーツの硬い感触がスカイハイのスーツ越しにそのペニスを擦り上げる。ごつごつした形状のために、わずかな動作ひとつとっても予測がつかず、彼は困惑して腰を捩った。
「や……やめ……」
「やめてほしいか?」
「……っ」
 畳みかけられ、スカイハイは息を呑んだ。彼のペニスは与えられる刺激によってじわじわと熱くなりつつある。わずかに呼吸が乱れる、それを聞きつけられるのではないかと恐れて言葉を発することができない。
 無言を了承と捉えたのか、ワイルドタイガーはゆるやかな動きでスカイハイにのしかかった。
「なあ……本当は、こうされたかったんだろう……?」
 硬質な指先が、より深くを探る。睾丸のあたりをこりこりと転がし、会隠をなぞり、アナルの位置を見つけてそこをじっくりと擦る。指の腹で何度も往復され、確かに与えられたことのある快感を想起することをやめられない。
「……は、ぁ……っ」
 じわり、スーツの下で性器の先が濡れたのがわかった。咄嗟に顔を赤らめてそこを見てしまう。アンダースーツもあるのだからそう簡単には悟られない、はずが、その行動だけであっさりと自ら暴露してしまう形になる。ワイルドタイガーの顔がわざとらしく彼の股間を眺め、それから再びスカイハイに向き直った。
「!」
 彼は何も言わなかったが、マスクの向こうで笑ったのがわかった。尚更羞恥心を煽られてスカイハイが弱く抵抗する。だが、むずかる子供を宥めるように、彼はスカイハイの腕を地面に縫い付けた。
「ほら……」
 腰を抱え上げられ、脚を開かれる。その間に割り込まれると、接地しているジェットパックが支点となってスカイハイの腰は完全に持ちあげられてしまう。胸を反らしたような苦しい姿勢では腕を上げることすらままならない。重力に引かれて頭が落ちるために呼吸すらうまくできず、彼は必死で喉を喘がせた。
「ひぅっ!」
 ぐい、と股間にワイルドタイガーのスーツが押しつけられる。指とは比較にならない硬い感触が、勃ち上がったペニスを押し潰しかねないほど強く刺激する。痙攣して跳ねる腰を力尽くで引き戻されてスカイハイは喘いだ。スーツ越しのきついけれどももどかしい快感に痺れを覚える。
 ヒーロースーツの下、スカイハイの股間はとっくに体液でぐしょぐしょになっている。擦られる度に生地と性器が擦れ合い、びりびりと電流が走る。ちょうど正常位の姿勢で犯されるように動かれているのに、お互いにヒーロースーツを纏ったまま、肉体は一切露出していない。その倒錯感が何を刺激したのか、ワイルドタイガーは自分でも驚くほどの興奮を覚えて熱心に股間を擦りつけた。
「ん……んっ、ん、」
 ワイルドタイガーの腰のあたりでがつんと音が鳴る。スカイハイの脚はいつしか彼に絡みつくように寄せられており、動きに合わせてそこだけは硬質な踵が何度もワイルドタイガーのスーツに当たっていた。スカイハイの腰はより深くを望むように持ちあげられて揺れている。ほとんど無心になっているのだろう、彼のマスクは天井に向けられたままゆらゆらと揺さぶられている。
「んんっ、んふっ、あ、あっ、ああっ」
「くっ……」
 ごりごりと擦りながら、ワイルドタイガーもまたマスクの下で奥歯を噛みしめた。擬似的な行為では満たされない。絶対に二度と踏み込むまいと思っていた彼の体内に、自らの性器を突き立てて思い切りぐしゃぐしゃにしてやりたい。ヒーローの姿をした彼の痴態に煽られて、掴み上げた脚を握る手に力が籠もる。表情が見えないからこそ顔を歪め、彼は思い切り腰を叩きつけた。
「あああっあ、ああああーっ!」
 腰に絡められていたスカイハイの脚が驚くほどの力でワイルドタイガーを引き寄せる。全身をぶるぶると震わせたその様子で、彼が絶頂したのだということが伝わってきた。喘ぐ胸が上下する。
「は……あ、ああぁ……」
 呆然と見返してくるスカイハイから顔を背け、ワイルドタイガーは先程まであれだけ強く拘束していた彼の身体をあっさり離して身体を引いた。背中を反らす姿勢がよほどつらかったのか、彼は倒れるようにしてうつ伏せた。そうして地面に這い蹲るような姿で、荒い呼吸に肩を震わせながら腕を伸ばした。
「わ、いるどくん……」
 呼びかける声には応えずに背中を向ける。視線を逸らす一瞬で見た、煤にまみれた状態で未だゆるく腰を揺らすスカイハイの姿が目に焼き付いて離れない。
「冗談だよ、じょーだん! 本気にすんなよな」
 声だけを取り繕って、ワイルドタイガーはさっと腕を上げて見せると、ワイヤーを放って飛び出した。ワイルド君、と呼ぶ声が聞こえたような気がするが、きっと気のせいだ。
 より一層強くなった渇望を噛み殺す音が、ぎりりと軋んだ。


(02.29.12)


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