君を呪わば穴ふたつ |
「あっ……がっ、う、ああああっ」 粘膜同士が触れ合っているはずなのに、ぎしぎしと軋む。突き上げてくる痛みのために、深い穴の底にも似た夜空に火花が散る。 獣じみた悲鳴をあげているのか、あるいは咆哮を体内から押し出されているのか。もはやキースには判別ができない。意識が朦朧としかける度に痛烈に頬を張られて、切れた唇から再びあたたかいものが滴る。 「ぐううっ、がは……っ!」 キースは物理的に縫いとめられた部分を守るためにひたすら身を丸めながら、ただ無力な悲鳴をあげている。 ポセイドンラインの社屋の屋上、シュテルンビルトを一望できるその場所から飛び立つのが、キースのパトロールの手順だった。巡回するルートは決まってはいない。ただ、毎晩スカイハイのヒーロースーツを身につけて、キースは夜空をめぐる。彼にできることは少しでもしたい。ヒーローとしての彼の理念がそこにある。 この夜も、キースは自らの肉眼でじっと街の明かりを見つめていた。あの少女、名前も知らない公園の女性を思い出すことは、既に彼の中では習慣になっていた。彼女に気付かされた自分自身の理想、目指すところの本質を忘れないために、マスクを被る前に必ず行う儀式にも近いものだ。 「……よし」 慣れ切った手つきでマスクを持ち上げ、ぐっと被ろうとする、その時に異変は起きた。唐突に彼の視界を遮って、なにか蒼く発光する人影がビルの下から飛び上がってきた。 「ぐあっ……!」 驚いてとっさに身構えようとするも遅い。そもそもこのビルのセキュリティはそこいらの人間に破れるものではなく、また、上空から彼を狙おうとしても視界が良すぎてそれもできない。安全だからこそ、キースは油断していたのかもしれない。驚くべき力で蹴り飛ばされ、キースの身体は勢いよく宙を舞った。態勢を立て直す間もなく地面に叩きつけられる。背負ったジェットパックが嫌な音を立て、それが背筋に食い込んでキースの呼吸を奪った。 「かは……」 一瞬遠のきかけた意識で必死に凝視した先、そこには、能力の燐光を灯したバーナビーが居た。 「余裕、じゃ、ないですか……っ」 「うあああっ! ああああああーっ!」 ヒーロースーツはバーナビーの能力によって身体の中心から縦に引き裂かれている。無防備に晒された厚い胸板の上、乳首に音がするほど強く噛みつかれて、キースは苦痛の悲鳴を上げた。必死で身をよじるが、そうすると噛まれた乳首が引っ張られてますます痛む。反射的にバーナビーの頭を抱え込むようにして身体を丸めると、キースの胸元から彼が笑みの形に歪んだ視線を向けてきた。 「ああ、痛い、のが、いいんですか? じゃあ、反対側っ、も、してあげましょうかっ……」 「や、いや、いやだ、」 規則的な突き上げに息を荒げながらそう囁かれて、恐怖のあまり涙がキースのまなじりに滲む。その様を楽しむように、バーナビーはそっと血の滴る乳首をねぶる。じゅぶっちゅぽっと生々しい音が、下半身をぐじゅぐじゅ犯す音に混ざった。 「ひあっああっ、うぐっ! ひうぅ……!」 キースが押し返そうとするほど、バーナビーの腰の動きから容赦がなくなる。掴んでいたはずの肩から手が浮き、指先が痙攣した。その手をバーナビーがいっそ優しいほどの手つきで掴むと、そっと彼自身の首にまわした。 「ほら、絞めてください……」 バーナビーの攻撃は容赦がなかった。ヒーロー同士、シュテルンビルトを守るという意味では仲間でしかない彼に攻撃される意図が掴めず、キースの戸惑いがちな反撃は後手に回った。数回蹴り飛ばされ、叩きつけられて、失神しかけたキースの襟首を掴み上げてバーナビーは彼に顔を寄せた。身長差の為に、キースの身体は宙に浮いている。喉が絞めつけられて、キースはひゅうひゅうと細い息を繰り返した。 「僕の首を絞めてください」 一瞬何を言われたのかわからず、キースは腫れはじめて重くなった瞼を引き攣らせてバーナビーを見た。彼の瞳は蒼く燐光を放っており、彼が能力を発動し始めてからまだ5分すら経過していないことがわかる。だが、キースに解ったのはそれだけだった。 「……な、にを……」 「僕の首を絞めてください、スカイハイさん」 何故彼が突然攻撃してきたのか。何故彼はキースにそんな要求をしているのか。キースには全く理解どころか想像もつかなかったが、それでも彼はゆっくりと首を振った。横に。拒否の意思を双眸に込めて。 「わたしは、君の首を絞めたりなんか、しない」 バーナビーの顔から一切の表情が掻き消えた。彼の見事な金髪の後ろに広がる、深い深い闇。その闇と彼の瞳の色が似ていると、どうして思ってしまったのだろう。 息を呑んだキースに、バーナビーはやがて笑いかけた。ひどく、優しく。 「そうですね。まだ手ぬるかった」 そしてバーナビーはキースの襟元を両手で掴み、力尽くで引き裂いた。 「いや、いやだ……あっあぐ、うううっ!」 バーナビーの性器を捻じ込まれたそこはとっくに血を流して軋んでいる。悲鳴すらろくに上げられないほど憔悴して、それでもなお叩きこまれる暴力がキースの腹の中を蹂躙していた。喘鳴混じりに拒否しようとするが、彼はそれを許しはしない。 彼の能力はとっくにその力を失って、辺りは闇に呑まれている。それでも、彼は圧倒的な恐怖でもってキースの上に君臨していた。散々痛めつけられ、犯されている彼には、抵抗する気力すら残されていない。 「絞めて、ください。いっそ殺すくらい。……でないと、僕があなたを絞め殺します」 キースは揺さぶられながら黙って首を振った。閉じられた瞼から、涙がこぼれる。 バーナビーは宣言通り、キースの首に両手をかけてゆっくりと絞め始めた。 「……僕を救って、くれたのは、虎徹さんです、それは確かだ。だけど僕は誰かをっ、呪いながらでないと、生きられない」 「か……ぁ、はっ……」 絞められた反射でキースの口が開かれる。喉の奥が押さえつけられて、うまく息ができない。 「ジェイク・マルチネスが、僕の、両親を殺した犯人じゃ、ないって……知った時。あの時、本当は僕は嬉しかった、嬉しかったんだ、僕が殺さなければいけない相手はまだ他にもいるってわかってほんとうに嬉しかったから、……僕はどうしようもないくらい追い詰められていたんだ」 「ぁは……っえ、ぁ……ッ!」 全身が痙攣し、首から上に血液が集中する。性器を咥え込まされた直腸が収縮して、抽送を阻むほど締まる。バーナビーはキースの耳元に唇を寄せ、歌うように囁いた。 「……僕の首を絞めるまで、離しませんよ……」 ぱんぱんになった顔で、半ば白目を剥き、キースはがくがく震える指先を動かしてバーナビーの首を掴んだ。 くすっとバーナビーが笑ったように、聞こえた。 「……っ! っひゅ、ひうぅっ、げほっ、げほっ! がああっ!」 彼の手はあっさりと離された。途端に激しく息を吸おうとしたキースが噎せるが、バーナビーは構わず奥深くに性器を押し込んだ。キースの背中が跳ねる。回されていた両手は既に相手の首から離れて力を失っている。 「さあ、僕の首を絞めてくださいスカイハイさん、あなたほど清廉潔白な人を僕は知らない、そんなあなたに憎まれてみたい、もっと僕を傷つけてください、裏切ってください、ほら、手をかけて、」 「あ、ああ、あああぁ……」 肩で息をするキースが、やっとバーナビーを見る。彼の表情は絶望で染め上げられている。それが例えようもなく綺麗だと、彼は思った。 震える手が伸ばされる。その両手がバーナビーの首にかかり、ゆるやかに締まっていった。 嗚咽と共に首を絞める手に力を籠めようとするキースの奥深く、腹の底を突き上げながら、バーナビーは射精した。苦痛と快楽が彼を襲い、それに目を細める。 緩慢な動作は水中を泳ぐ姿に似ている。バーナビーはキースに柔らかなくちづけを落とし、吐息に隠して囁いた。 僕のすきなひとは、あなたです。 同じ夜の闇に溺れるふたりは、穴の底。 (01.13.12) 戻る |