熨斗袋でまる出会いもある


 キースが毎日利用しているポセイドンラインのモノレールに、最近よく乗り合わせる青年がいる。彼よりは少し小柄な、色素の薄い綺麗な顔立ちをした青年だ。キースはそれまであまり乗客を意識して見てはいなかったが、たまたま近くにいた女子高生の集団が彼を指してひそひそと話していたので目に入ってきたのだった。ふとつられて見てみると、確かに彼女たちが小声で騒いでいただけあって、非常にうつくしい顔立ちをした青年だった。どこか陰のある横顔と、伏せられ気味の睫毛が長いことが妙に印象的で、キースはそれ以来時々彼をよくモノレール内で見掛けるようになった。恐らくそれまでもずっと擦れ違ってはいたのだろうが、一度はっきりと意識したのがきっかけで自然と目に入るようになったのだろう。
 それからキースは、彼が同じ車内に乗り合わせるたびについつい彼を見るようになった。あまり凝視しては失礼だろうと、見てしまってからすぐ視線を外すのだが、それでも彼はよくキースの視界に入ってきていた。しばらくそうして特に相手を知ることなく過ごしているうちに、ある日ふとキースは何の気もなく乗ったいつものモノレールで視線を感じて振り返った。吸い寄せられるように目が合った先にはいつぞやの青年がいた。光に透けて消えそうなくらい明るいブロンド、紫のひとみ。もしや自分が彼に見られていたのだろうかと小首を傾げると、青年はスッと視線を逸らし窓の外を見た。自意識過剰だったのかとやや恥ずかしさを覚え、キースも窓の外に視線をやった。どうやら自分は彼を見つめすぎていたらしい。それからキースはしばらく彼の姿が視界を掠めてもあえて直視しないように気を遣った。相手に嫌な思いをさせてはいけないという、キースなりの配慮である。そのため、いつもの朝、いつも降りるポセイドンライン本社前の駅でホームに降り立ったとき、くだんの青年から声を掛けられるとは予想もしなかったのだった。
「……あの!」
 後ろから声を掛けられ、キースはついその声にひかれて振り返った。自分ではないだろうとすぐに思い直したのだが、視線の先には例の青年がおり、何やら険しい表情でキースを見つめていた。
「わたし、かな?」
 何か彼を怒らせるようなことでもしただろうか。キースが恐る恐る自身を指差すと、青年は小さく頷いた。決意を秘めたいい眼差しだな、とキースはどこか暢気に考えた。
「あっあの……これ、拙者の連絡先でござる!」
 拙者。ござる。キースが驚いていると、青年は金封のついた熨斗袋を差し出した。
「ぃよろしくお願いします!」
「あ、ああ……」
 勢いに押されて受けとると、青年は途端に顔をぱっと輝かせ、「では!」と言って走り去ってしまった。確かあの青年はいつも自分が降りる幾つか手前の駅で降りていたような、と考えながら見守っていると、果たして例の青年は反対側のホームに表れ、引き返すためのモノレールを待っているようだった。幸いなことに彼は俯いているのでこちらには気付いていない。キースは手元の熨斗袋を見て、彼の名前がイワン・カレリンだと初めて知った。うつくしい青年だと思っていたが、実に面白い人柄の主であることがわかったのが収穫だった。少なくともキースの周りには拙者という一人称を使う人物は居ない。また、その名前から、彼とは後日ヒーローとしてジャスティスタワーで再会する予定であることもまた、わかった。新人の名前が確かそれだった、とキースは微笑んで歩き出した。まさについ数日前、キースは来週ヘリペリデスファイナンスに入る予定のヒーローの名前を聞いたばかりだったのだ。イワン・カレリン。同姓同名はそうは居ないはずだから、きっと彼に違いない。
 キースからはイワンに連絡を入れることはなかったため、しばらくイワンは音沙汰がないことに落ち込む羽目になった。だが、翌週ヒーローとして再会した際に、キースが自分の連絡先を熨斗袋に入れて彼に手渡すとは、イワンには到底想像もつかなかっただろう。それが二人の出会いであった。


(08.28.11)


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