せ監禁計画


 わたしの考えていることを話そう。わたしはキース。キース・グッドマン。ポセイドンライン社に所属するヒーローの一人で、そこではスカイハイという名前で知られている。わたしは以前はキングオブヒーローという称号を与えられ、しばらくヒーローとしてMVPを獲得し続けてきていた。それも全て過去の話で、今ではヒーローランキングの一位に輝いているのは去年デビューしたばかりのバーナビー・ブルックスJr、ワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹の相方を務める青年である。わたしは確かにヒーローとしてシュテルンビルトの市民を自分なりに守っているし、それさえできるのならばランキングの序列というものにはあまり拘らないようにしている。いっときはキングオブヒーローの座を失ったことで落ち込んでもいたが、最近のわたしにはヒーローとしてよりももう少し大切なものがある。先程も少々ふれたが、虎徹君のことだ。
 虎徹君は非常に度量の広い男だ。そしてわたしは虎徹君を尊敬している。ヒーローとしての信念もさることながら、君はどんなときでも自分らしさを失わない。それをわたしは今までの長いつきあいで知っていたし、疑ったことなどもないよ。
 ただ、わたしは思っているんだ。もしも虎徹君をわたしの自宅に監禁して自由を奪ったなら、君は本当にわたしのものになるのかどうか。それが知りたい。
 わたしは虎徹君のことが好きだ。これが恋なのか、それともほかの種類の感情なのか、わたしにはどうも判別がつかないのだが、しかし君が、君だけがわたしにとって特別であるということだけは確かなんだ。毎日同じ食事をとり同じ生活を繰り返し、覆面のヒーローとして生きるわたしの唯一の救いは虎徹君だ。近頃は相方のバーナビー君との活躍も相まってメディア露出が増えているから、君の掲載された雑誌やヒーローショップで売られる写真などを買い集めて収集するのがわたしの目下の楽しみでもある。素の状態の虎徹君も、ヒーローとして活躍する虎徹君も、わたしは好きだ。これから先もずっと虎徹君と他愛もない会話をしたいし、時々は一緒に食事をしたり出掛けたりもしたいし、勿論ヒーローとしての活躍も追っていきたい。だけど、最終的にわたしは虎徹君を独り占めしてしまいたいんだ。わたしは、強欲だから。
 わたしは考える。虎徹君の自宅は知っているので、合い鍵をつくって家に先回りをして待ってみる。自分のテリトリーに戻ってきたばかりのものは、人であれ動物であれ、警戒を解くものだ。そこで能力を使って君を拘束し、一旦意識を失わせてからわたしの自宅へ連れ帰る。寝室はもう改造してあって、まず窓は強化ガラスの填めごろしになっている。壁にも防音と強化材を仕込んで、NEXT能力を発動でもしない限り破れないようにしておいてある。その上で、虎徹君にはNEXT能力を一時的に封じる薬品を投与させてもらう。正規には流通していないこの薬は基本的にはほとんど無害なんだけれども、効き目が数十分しか持たないということと、効力を失った後にひどい頭痛がするというのがちょっとしたデメリットではあるかな。勿論わたしは自分自身でこの薬をテストしてみたよ。万が一のことも覚悟してはいたが、おおよそ二十分ほどで能力が戻ってきたほかにはその後の能力の発動には特に差し障りがないようだ。後遺症が残っていないことは、既に自社内での能力テストによって確認済みだ。その薬を投与して虎徹君の能力を一時的に封じたら、わたしは君を脅迫しようと思う。虎徹君には家族が居る。十歳ほどの娘さんがいると聞いているし、先日は頼み込んだところこっそり写真を見せてもらえた。鏑木楓、というのが彼女の名前だと言っていたね。彼女が住んでいるという大体の地域もそのときに聞いて覚えたので問題はない。わたしなら空中から確認することですぐに彼女を特定できるだろう。あとはこれ以上話す必要性はないかな? 彼女には手出しをしないこと、また、時々彼女にコンタクトを取らせることを条件として話し合えば、虎徹君もノーとは言わないはずだ。もしもノーと返答するのならその時はわたしも強硬策に訴えることにするから大丈夫だ。それで虎徹君を監禁することはできるだろう。
 わたしは虎徹君を監禁してからの生活についても考えているよ。食事は毎日わたしが用意しよう。虎徹君の好みに合わせた料理ができるように、実はあいた時間を使って近頃は料理の練習をしているんだ。ほら、先日も虎徹君をわたしの自宅に呼んで手料理を振る舞っただろう。その際にわたしは味加減について詳しく意見を聞いたし、ほかの好みについてもちゃんと確認した。勿論好きなものばかり食べているのでは栄養が偏ってしまうので、好きなもの以外にも栄養面を考えたメニューを組み合わせるつもりだ。残念ながら虎徹君にはわたしの生活スタイルに合わせてもらうことになるけども、それは承知してもらうしかないね。わたしは早朝に一度愛犬のジョンを連れて散歩に出掛け、ヒーローとしての仕事をこなしてから事件がなければ夕方帰宅する。それからジョンを連れて散歩がてら食材を買いに行き、改めて帰宅してから夕食の準備をする。勿論朝食は一緒に食べるし、昼食は準備しておく。夕食は少し遅めの時間になってしまうけれども、一緒にとろう。それからわたしは夜間のパトロールをするから、戻ってきたら虎徹君と一緒に映画のディスクでも見たりしたいな。わたしが不在にしている日中は暇にならないように、通信販売その他のカタログを置いておくよ。PCも使えるようにしておく。君が通報したりほかの誰かに助けを求めたりした場合には、わたしはただちに脅迫の内容を実行するつもりだから、ゆめゆめそういうことは考えないでいてくれると助かるな。その方がお互いにとっても良い関係を築けると思う。監禁生活にも信頼は大切だからね。
 そうだ、運動不足を防ぐためにトレーニング器具も用意したんだ。この間虎徹君がお前は家でもトレーニングするのかって呆れていたあれだよ。実はあれは虎徹君に使って貰おうと思って用意したのであって、わたしは試運転でしか使っていない。新品同様だし、性能は確認済みだから喜んでもらえるといいのだけれども。
 実際虎徹君を監禁するとなると、行方不明として扱われてしまうのは少しまずいね。わたしは虎徹君とは同僚のようなものだから、当然真っ先に疑われてもおかしくはない。だから虎徹君にはアポロンメディア社を辞めてもらう必要がある。辞表はもう用意してあるから、あとは虎徹君がサインをしてくれれば、郵便ポストに投函してそれで終わりだ。簡単なものだろう? 内容もそれなりに考えたんだ。虎徹君を監禁してしばらく様子を見てから、場合によっては相方のバーナビー君やそれ以外の人たちに虎徹君を会わせてもいいね。面と向かって会うことで、納得はできなくとも疑いを持つことはなくなるだろう。これで虎徹君は消えてしまってもおかしくはなくなる。娘さんは虎徹君の大切な家族だから、時々は顔を出してあげるのがいいと思うけどね。その時はわたしも一緒についていったらいいのかな。申し訳ないけど虎徹君には友人とでも紹介して貰わないといけないね。虎徹君に実際友人と思ってもらえるように、わたしも最大限努力はするつもりだ。だけど、恨まれてしまっても仕方がないのかな。それは少しだけ寂しいけど、虎徹君を独占することには代えられないから、そうなってしまった時には諦めるしかないのは覚悟の上だよ。
 人間としての文化的な衣食住の面はこれで大丈夫かな。あとは、生き物としての基本的な部分、睡眠と食事と性欲という面だけれども、最後の部分は非常に難しいね。虎徹君は奥さんが亡くなってからは特定の恋人を持っていなかったようだけれども、その点はどうしていたのかな。ええと、コールガールというのだったかな、そういう人たちとつきあいがあるようにも見えないし。わたし自身については特に必要性を感じてこなかったのだけれども、人によっては性欲というのは非常に大きなファクターだと言うそうだから、そのあたりは虎徹君の意見を知りたいな。ただ、仮に虎徹君がコールガールを希望するのだとしても、それはわたしにはどうも……好ましくは、ないな。……うん。やはり、わたし以外の人間が必要以上に虎徹君と接触するのは、嬉しくない。特にそういう、特別な接触は。……もしもどうしても必要だというのだったら、わたしで代用してもらうことはできないかな。男性同士でどうやって行為に及ぶのかは具体的には知らないんだが、それについては今後勉強していくことにするよ。虎徹君の意見も尊重して、わたしにできることならなんだってやるつもりだ。これで一応全ての要因はクリアしたことになるかな?
 ああ、こうやって考えているととても楽しいね。虎徹君がわたしだけのものになると考えるのは、ほんとうに幸せだ。それこそ今すぐにでも実行してしまいたくなる。わたしはずっとこういうことを考えていたんだ。虎徹君がほかの誰かと楽しそうに話していたり、わたし以外の誰かと飲みに行く背中を見送るたび、虎徹君を監禁できたらどんなにか幸せだろうと考え続けてきたんだ。考えているだけでこれだけ幸せなんだから、実際に虎徹君を監禁してわたしだけのものにできたら、わたしはほかの何もかもを失っても構わない。虎徹君には申し訳ないけれども、それがわたしの幸せなんだ。ねえ、虎徹君。君はどう思う?

「あー……それほんとに楽しいのか?」
 虎徹はうろんげな視線をキースに向けていたが、キースの話が一段落したのを見ておもむろにぼそっと呟いた。
「勿論! そして当然だ!」
 対してキースは先程嬉々として語ったときの表情そのままに笑顔で頷いた。
 二人はキースの自宅で食卓を囲んでいる。キースが作った食事は確かに虎徹の好みにあっていたし、しかも前回食べにきたときよりも腕前が格段にあがっていて、虎徹は絶賛しながらついつい思っていた以上に食べてしまった。満腹になったところで更にキースが食後のコーヒーを淹れてくれたので、至れり尽くせりの対応に感動しつつ、最初は他愛もない世間話などをしていたのだ。だが話が相方のバーナビーやほかのヒーロー仲間のことに及んだあたりでだんだん雲行きが怪しくなり、キースの口数は徐々に減ってきていた。どことなく悲しげな表情をするキースに理由を尋ねたのがそもそもの間違いで、彼はぽつぽつと、虎徹がほかの誰かの話をしているのを聞くとなぜか寂しい気持ちになってしまうと話し始めた。そこから何故か虎徹を監禁する話になってしまい、虎徹は言葉を差し挟むこともできずにひたすら聞き続けることになった。始めのうちはキースの口から出る衝撃的な発言に背筋を硬くしていたが、最終的にはテーブルにだらしなく肘をついて半目になっていた。確かに具体性の高い計画だが、それにしても監禁とは突飛すぎる。彼が本当に実行に移すつもりであるようにも見えて、どうにも判断ができない。
 どうやらキースはそれほどまでに虎徹のことが好きなのだ、というのを、話が終盤に差し掛かったあたりで虎徹はようやく把握した。これはもしかして壮大な告白なのだろうか。
(そうだよ、これって告白だよ……な……?)
 笑顔でこちらの反応を窺っているキースをしばらく眺めていた虎徹は、とうとうその結論に至った。
「キース」
「なんだい?」
「……お前の計画はちょっと雑だ。それから、周りに迷惑をかけすぎだ。それよりもっと簡単でお互いに納得の行く方法がある」
「……それはなんなのかな……?」
 虎徹の発言にしゅんと肩を落としたキースの様子から、どうやら先程の発言は冗談でも何でもなく彼の本気だったということを確信する。そんな迷惑な計画を実行されては困る。
 虎徹が無言のままちょいちょいと手招きをすると、キースは小首を傾げつつテーブルの向こうからこちらに身を乗り出してくる。虎徹はすかさず彼の後頭部を掴んで押さえると、そのままキースの唇にくちづけた。たっぷり十秒ほどお互いの唇を重ねてから、そっと離す。キースはきょとんとした表情のまま身じろぎもしない。虎徹はふきだしてしまいそうになるのを堪えながら、そのままキースの金髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「わっ、うわっ」
 我に返ったように肩をすくめるキースの頭を何度かぽんぽんと叩いてやる。
「こうすりゃいいだろ、な?」
「それは……つまり、どういうこと……だろうか……?」
「まだわかんないのか?」
 自分なりの最上級の笑顔で、虎徹はキースに笑ってみせた。
「俺とお前が恋人同士になったらお互いがお互いの特別だろ? わざわざ監禁なんかしなくたって、俺はお前だけのもんだし、お前は俺だけのもんだよ」
「虎徹君が……わたしの……」
「言っとくけどお前も俺のだからな。……俺もお前が好きだよ、キース」
 しばらく固まったままでいたキースが、テーブルにコーヒーをぶちまけることになるのも忘れて虎徹に抱きつくまで、あと三秒、二、一。


(08.02.11)


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