がりのラファエル


 最近、イワンはとある趣味に没頭している。
 暇さえあれば背中を丸めてスマートフォンをいじっている姿は特に女性陣からの酷評を浴びていたが、そんなことなど気にならない程度には熱中していた。
 実のところ、この画面を覗きこまれると大変まずい。まずいのだが、それをされる懸念はほとんどない。
 つい先週まで彼がはまっていたソーシャルゲームは、巨額の資金をガチャガチャに投入した結果、金銭の力でコンプリートできてしまった。イワンの目当ては、ヒーローたちがコラボしたゲームの、スカイハイのスチルを全て獲得することだ。途中で出たバーナビーのSSSレアカードはゲットした3分後には売り払ってある。
 イワンがスマートフォンの操作に熱中している姿を見て、興味を持って話しかけてきたヒーロー仲間は何人もいた。だが、彼らの意見は最終的に「もう話しかけない方がいい」という方針で一致することになる。彼に画面を見せられながら滔々と熱弁を振るわれるのが迷惑だからだ。
 そんな訳で、イワンには仲間たちの詮索を恐れる必要もなくなってしまった。
 ソーシャルゲームにおける目的を達成したイワンはしばらく目的を見失っていたが、それもごく短い間のことだった。今、彼は新たな趣味をネット上に見つけて没頭している。
 それは、彼が偶然見つけ出したノベルゲームのサイトだった。
(やっぱりこれ、この口調、まさにスカイハイさんだよなあ……)
 チープなつくりのサイトは、黒い背景に白い文字。ドットの薔薇がトップに飾られている。今時見掛けなくなった古臭いデザインだが、そんなことは問題ではなかった。女性向けなのか男性向けなのか判別できないが、イワンはこのサイトに出会って以来、その魅力にとりつかれている。主人公はほとんど描写されず、とある青年をひたすら性的に苛めるという内容のものだ。それだけなら何の変哲もないはずだったが、いわゆる攻略対象であるその青年が、とにかくキースを思わせるのだった。
 小説を読んでいって、選択肢のリンクに飛び、そこからストーリー展開が変わっていくというだけの簡単なつくり。それに彼はもっぱらほとんどの休憩時間をあてている。
(よ、よし、もうこのシリーズはやめよう)
 ついこの間まで熱中していたシリーズは完結させてしまった。しかも念のため三周した。シナリオの全パターンを見尽くして、終ってしまうことを嘆いたものだった。新たなシナリオはもう供給されない。わかってはいたが、イワンはしつこく四周目に挑戦するしかなかった。勿論シナリオは変わらない。
 だが、神はイワンを見離さなかった。八百万もいるのだから、ひとりくらいはイワンと嗜好が似ていてもおかしくはない。つまり、そのサイトではまた新しいシリーズが始まったのだ。全く同じ青年が相手の。つい先ほどサイトのトップで告知されたばかりのそれに、イワンは危うく快哉を叫びそうになっている。
 ドキドキと恋する乙女のように胸を昂ぶらせながら、イワンは最初のページを開いた。
 タイトルは、『暗がりのラファエル』。
 ちょっと、いやかなり恥ずかしくなるというか、十字架だの吸血鬼だのにハマっている十代を見た時のむずむずした気分を味わわされるタイトルだが、それ以上に内容に期待している。
 主人公の説明は相変わらずほとんどない。ストーリーの中で、彼はうっかりなくしものをしてしまい、探しているうちにふと路地裏に足を踏み入れた。そこで、彼は金髪碧眼の青年に出会う。
(スカイハイさん!)
 どうやら彼は職場への近道をしようとして、うっかり迷ってしまったらしい。そのちょっとうっかりしたところがまたキースを連想させる。
 逸る気持ちを必死で押さえ付け、イワンは画面をスクロールした。もう選択肢が出ている。
 そこには二種類のリンクがあった。



 <彼をレイプする>か、<彼に話しかける>か。
 少し極端な選択肢だけど、この時点で僕は既に大いに盛り上がっていた。

 さあ、どちらにしようか。


(08.28.12)


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