新旧KOHが遊園地へく話


 バーナビーとキースが結婚式の二次会の会場へ向かう道中で鉢合わせをしたのは、春先のある夜のことだった。最初はたまたま道で出会っただけだったのが、二人とも同じ会場に向かっていると気づいて、バーナビーは驚きを隠せなかった。
 その日はバーナビーがヒーローとしてデビューする前に世話になったアポロンメディア社の元職員の結婚式があり、バーナビーはその二次会にだけ顔を出す約束をしていたのだった。彼女はヒーロースーツ開発チームのアシスタントとして働いており、バーナビーはヒーロースーツのプロトタイプの試作や調整を行う期間、ずっと彼女と接してきていた。アシスタントの彼女と直接会話する機会はあまりなかったのだが、それでもプロトタイプが完成して日の目を見ることになる頃まで、何度かサポートをしてもらったことがある。ちょうどHERO TVの新シーズンが始まる時期に結婚が決まって退社することになった彼女は、最後に皆に挨拶しがてら、バーナビーも結婚式に招待するからと声を掛けていったのだった。後日結婚式の招待状と二次会の案内が届き、バーナビーは二次会の出席欄にだけ丸をつけて返信をした。同じアポロンメディア社には虎徹もヒーローとして在籍しているが、彼女は虎徹がアポロンメディア社に移籍する前に退職していたので、当然ながら虎徹は招待状を受け取っていない。
 一方、キースはと言えば、意外なことに彼女とは個人的な付き合いがあったのだと言う。内心の驚きを隠してどういう付き合いだったのかを訊ねたバーナビーに、実は新郎の方がキースの隣人で、留守が長くなるときに愛犬の世話をしてもらえるように頼むような仲だったということだ。彼女がよく訪ねてくることで自然と顔見知りになっていたキースは、これまでも隣人として何度か彼らのホームパーティーなどにも呼ばれていたそうだ。それなら彼にも招待状が届いてもおかしくはないと、バーナビーは納得した。世間とは案外狭いものだ。
 そんな訳で、バーナビーとキースは二人並んで会場の扉をくぐった。
 会場となっていたのはこぢんまりとした、だが居心地のいいレストランで、今夜は貸し切りになっているようだった。受付で会費を支払うと、何故か籤をひかされてバーナビーは小首を傾げた。続いて籤をひいたキースはなんだかわくわくした表情で受付の女性にこれは何のためのものか訊ねている。女性は含み笑いで、あとでゲームがあるんですとだけ返答した。
 二次会はそれから何事もなく進行し、なんとか新郎新婦に挨拶をすませた二人は肩の荷をおろして隅のテーブルでグラスを傾けていた。会場の反対側では新郎新婦がひっきりなしに様々な人々に声をかけられている。新婦を幸せにしろよな! という言葉と共に背中を何度も叩かれる新郎の姿をさっきから何回見ただろう。明日には新郎の背中は痣だらけになっているはずだ。どっと疲労感を覚えて振り返った先では、キースがバイキング形式の食事を色々と試しては楽しそうに笑っている。彼にも人並みに悩みはあるのだろうが、それにしても傍目からは悩みひとつなさそうに見える。おそらくそれが彼の良い点であり、また時にはそれで損をする部分でもあるのだろう。逆にいつでも迷ってばかりの自分自身との対比に、バーナビーは小さく嘆息した。
「どうしたんだい、バーナビー君。今日は少し疲れているようだね」
 柔らかな微笑を向けられ、バーナビーは知らず微笑み返している。
「いえ、そうでもないですよ。ただちょっとこういう場には不慣れなだけです。……あの二人が幸せになるといいですね」
「そうだね、その通りだ!」
 キースがそう言った途端、ふと会場に流れていたBGMが変わった。ノリのいい音楽が急に流れ始め、何事かと振り向いた先では、お笑い芸人のような格好をした男がマイクを握りしめて笑っている。どうやらこれからゲームが始まるらしい。ざわめきを打ち消す大音量の音楽とアナウンスのために会話どころではなくなってしまったので、二人は黙って男の口上を聞くことにした。司会の男によると、これからペア探しゲームをするらしい。ペアを見つけて名乗り出ると、先着順で賞品が貰えるそうだ。
「さっきの籤だね!」
 横からキースがきらきらと目を輝かせて囁き掛けてくるのに頷いて、バーナビーはポケットに入れたまま存在を忘れかけていた籤を引っ張りだした。籤はふたつに折られ、端を留めてある。司会が籤を開けるように指示したのに従い、開封してみると、そこにはどこか憎たらしいピンク色の兎が描いてあった。ふてぶてしい表情の兎の横に描かれた吹き出しには『ラブラドールを待て』と書いてある。ラブラドール? 何のことだ。
「『ピンクの兎を嗅ぎ分けろ』!」
 唐突に声を上げたキースを見やると、彼もどうやら籤を開封したらしい。何が描かれているのか多少気にはなったが、バーナビーは取りあえずキースにラブラドールについて訊いてみることにした。
「ラブラドールは犬の種類ですか」
「そうだよ! こういう犬なんだ」
 キースに見せられた紙には、確かに犬が描かれており、ご丁寧にも絵の下には「ラブラドール」と書いてあった。犬種がわからない人に向けてのものだろう。
「わたしの飼っている犬がちょうどこういうラブラドールなんだ。ジョンという名前なんだが、よかったら今度一度遊びに来るかい? ジョンもきっと喜ぶ」
「考えておきます。しかしそれより、賞品を手に入れるチャンスのようですよ」
 にこにこと言うキースに、バーナビーは自分の紙を差し出した。ピンクの兎。まさかこれほどあっさりとペアが見つかるとは思いもよらなかったが、賞品が手に入ったら自分はともかくキースなら喜びそうな気がする。予想通り驚き喜ぶキースを連れて早速名乗り出る。会場内はペアを探し歩く人々でごった返していたが、名乗り出たのは二人が最初だったらしく、思いがけず一位を獲得してしまった。どんな賞品になるのか期待に胸をふくらませるキースと並んで待っているうちに、ペア探しが一段落ついたようで、いよいよ優勝ペアと賞品の発表が行われることになった。
「一位はバーナビーさんとキースさん、マウジーラントのペアチケットをプレゼントです! 必ずお二人で行ってくださいね!」
 途端に会場内がどっと笑いで包まれる。さっきからペアがことごとく男女になるように配分されていた上に、美術館のペアチケットだの、映画のペアチケットだの、二人用の賞品ばかりが用意されていた。キースとバーナビーに限っては男性同士でペアが成立しているので、何かおかしいとは思ったのだが……まさかこういう展開だったとは。バーナビーは思わず眉間を押さえたが、キースは嬉しそうにペアチケットを受け取っている。笑いと拍手で送り出され、自分たちのテーブルに戻るなり、キースは早速身を乗り出してきた。
「マウジーラントだよ、バーナビー君! 一度行ってみたいとは思っていたんだ」
「……それ、差し上げます」
「そういう訳にはいかない。君と二人で当てたんだから、二人で行くべきだ」
「……マウジーラントですよ。恋人たちのデートスポットですよ。あと家族連れ。キースさんに差し上げますから恋人と行かれたらどうですか」
「ん? わたしに恋人はいないよ?」
 笑顔のまま小首を傾げるキースが憎たらしい。これは本当に天然なのか。そもそも男性二人でデートスポットに行こうとするのがおかしいし、そもそもキースとバーナビーはプライベートで一緒に出掛けるような仲ですらない。
「恋人なんか僕にもいませんよ。じゃあどうするんですか、そのチケット。いっそブルーローズさんやドラゴンキッドさんにでも譲ったら、」
「それなら問題ないじゃないか。二人で行こう!」
 快活に笑うキースにバーナビーはしばらく言葉を失った。キースは司会の男が言った、二人で、という言葉を真に受けているのだ。これはどう断ろうとも断りきれない。そう直感したバーナビーはとうとう頷いた。
「……わかりました。二人で行きましょう」

 そういう訳で、バーナビーとキースは早朝から二人でマウジーラントを訪れていた。勿論手には先日のペアチケットを握りしめて。
 実はあれからもバーナビーは何度かキースへの説得を試みようとしていたのだが、キースがよりにもよって皆が揃っているトレーニングルームで、マウジーラントのペアチケットを当てた話をしてしまったのだった。勿論盛大に囃し立てられ、更には虎徹にまで面白半分でキースの後押しをされてしまい、結局気づいた時には具体的な日取りまで約束させられていた。本当は機会を窺ってカリーナやパオリンにペアチケットの話をし、何とか二人のうちのどちらかにでも欲しいと言わせてチケットを譲ってしまおうと考えていたのだが、先んじて退路を完全に断たれてしまった形になる。その時ほどキースの爽やかな笑顔が恨めしかったことはない。
 マウジーラントといえばシュテルンビルト市民なら誰でも知っているテーマパークである。夢と魔法の世界、を謳うだけあって、どんな細かい部分までもその世界観に合わせてつくられている。入場ゲートをくぐる前から既にその世界観が広がっており、人々は期待に胸を膨らませるのだった。楽しげに騒ぐ子供たちの歓声を聞きながらバーナビーはさりげなく周囲を窺った。念のため平日を選んではみたが、それでも人でごった返している。ざっと見たところ家族連れが大半のようだが、夏休みの期間に入っているためか女子中高生のグループも多い。そしてひときわ多いのが、男女のカップルだった。テーマパークとしても優れてはいるが、特にこのマウジーラントはデートスポットとしても有名だ。その中で成人男性二人というのはどうにも肩身が狭い。あまり周囲の人々と目が合わないように気をつけながら横の男を見やる。相変わらずのフライトジャケットにジーンズ姿のキースは、周囲の視線など気にもならないようで、どうやら事前に手に入れて来たらしい園内マップを真剣な表情で見ていた。
「バーナビー君、君はどのアトラクションに興味があるのかな?」
「あまり詳しくないので……近場から回ったらどうですか」
 バーナビーがおざなりに言うと、キースは真剣な顔で腕組みをした。
「ブルーローズ君やドラゴンキッド君やファイヤーエンブレム君から助言を受けたんだが、どうやらマウジーラントはどのアトラクションも行列が出来てしまうから、効率よく回るためにはある程度の計画性が必要なんだそうだ」
「ああ、聞いたことがあります。ファストパスをとるんですね」
「それだよ! 女性陣はこういうことには詳しいからね、色々と教えてもらってきたよ」
 満面の笑みを浮かべるキースに、ネイサンは女性に含まれるんですかと問い返すことははばかられて、バーナビーは曖昧に頷いた。
「では、どのアトラクションのファストパスを取りますか。確かひとつファストパスを取ると、それが乗れる時間になるまではほかのアトラクションのパスを取れないんですよね」
「流石はバーナビー君、よく知っているね! そうだね、わたしはシュプリッツェンマウンテンとタワー・オブ・アングスツに行ってみたいな!」
「解りました」
 キースが示した地図を見てバーナビーは頷く。今日は取りあえず二人でここに来ることしか考えていなかったので、全くの無計画ではあったが、もういっそ彼に合わせて一日遊び尽くしてしまえばいいのだろう。列に何時間も並ぶ羽目になるのだろうと思うと前夜までは気が重かったのだが、開き直ると妙に楽しそうに思えてくるから不思議だ。これがこのテーマパークの魅力なのだろうか。それならばそう悪くもない。
 停滞していた列がゆっくりと動き出し、キースが小さく歓声をあげた。夢と魔法の世界、マウジーラントの開場である。


(08.06.11)


戻る